*
その次の週末は断捨離にいそしんだ。部屋に積み上げていた本やら服やらを選別して、手放すことを決めたものはリサイクルショップに持ち込んだ。古いものばかりだったし、金額としては大したものではなかったけれど、さっぱりした気分だ。
リサイクルショップを出て、ついでにとすぐ向かいのショッピングセンターに立ち寄る。普段はもっと近所のスーパーばかり使っているけれど、日用品から服や家具まで揃っているこの店はやっぱり便利で、月に何度かお世話になっている。この間日下部くんから受けた忠告を忘れたわけじゃないけれど、まだ夕方だし、暗くなる前に帰れば大丈夫だろうと踏んで、買い物を済ませる。夕日に赤く染まる空をぼんやり眺めながら家の近くまできたところで、――目の前に誰かがいることに気づいた時にはもう遅かったのだ。
我に返った時には地面に転がっていた。擦りむいた時の独特の痛みを感じながら身体を起こそうとすると、その人物は私に馬乗りになってきた。
「痛っ……何、」
殴られる、そう悟った瞬間に、のしかかられていた重さが消えた。鈍い叫び声とともに、男が転がっているのが見えた。
「水澤さん! 大丈夫ですか」
「あ……日下部くん……」
日下部くんは私に掴みかかってきた男の手の甲を片足で踏みつけながら、携帯を取り出した。
「警察、呼んでいいですか」
「う、うん……」
ほどなくして警察が到着し、私たちはそれぞれ事情聴取を受ける羽目になった。まだ現実をうまく処理できないでいるなかで、覚えていることをなんとか話す。私の聴取が終わるまで、彼は待ってくれていた。
「……お待たせ」
「お疲れ様です。帰りましょう」
いつの間にか、外は暗くなっていた。二人そろって乗り込んだタクシーの中は終始無言だった。マンションについて、エレベーターに乗り込むと、日下部くんがようやく口を開いた。
「びっくりしましたよ。出かけようとしたら、聞き覚えのある声が聞こえて――行ってみたらあんな状況で」
「……来てくれてありがとう」
絞りだした声は掠れていた。今になって、身体が震えている。三階で止まったエレベーターから、彼は私の腕を引きながら降りる。
「一人でいさせられないので、うちに来てください」
私の返事なんか聞こうともしていない。そのまま彼は、早足で自分の部屋に向かって行く。もどかしそうにドアを開けて玄関に滑り込み、鍵をかけたのと同時に、彼は私を引き寄せて抱きしめた。
「く、日下部くん……?」
「無事でよかったです」
そう囁いた声は、ずっと吐き出さなかった二酸化炭素が濃縮されたような音だった。私に巻きつくその腕は、痛いほどに食い込んできた。
「苦しい、から、離して……」
「――すみません」
その腕から解放され、促されるままソファに座る。前回この部屋に来たときは楽しいことだったのに、とふと思いながら、傷に貼られたいくつもの絆創膏に視線を落とした。マグカップを二つ携えて、日下部くんがキッチンから出てきた。
「……俺がこの間話したのは、あの男ですよ」
「やっぱり……そうだったんだね」
「捕まったのはいいんですけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったです」
マグカップの中身はあたたかいココアだった。両手でその熱を感じながら、ごめんね、と謝る。彼がいなければどんな目に遭っていたか考えるのも怖いけれど、彼に迷惑をかけてしまったことが恥ずかしくて、悔しくて、耐えられない。
「なんで水澤さんが謝るんですか? 何も悪いことなんてしてないですよね」
「迷惑かけちゃったのは事実でしょ」
「別にあなたのせいじゃないので、謝られる筋合いはありません」
きっぱりと強い口調で言い返されて、私は黙るしかなかった。
その次の週末は断捨離にいそしんだ。部屋に積み上げていた本やら服やらを選別して、手放すことを決めたものはリサイクルショップに持ち込んだ。古いものばかりだったし、金額としては大したものではなかったけれど、さっぱりした気分だ。
リサイクルショップを出て、ついでにとすぐ向かいのショッピングセンターに立ち寄る。普段はもっと近所のスーパーばかり使っているけれど、日用品から服や家具まで揃っているこの店はやっぱり便利で、月に何度かお世話になっている。この間日下部くんから受けた忠告を忘れたわけじゃないけれど、まだ夕方だし、暗くなる前に帰れば大丈夫だろうと踏んで、買い物を済ませる。夕日に赤く染まる空をぼんやり眺めながら家の近くまできたところで、――目の前に誰かがいることに気づいた時にはもう遅かったのだ。
我に返った時には地面に転がっていた。擦りむいた時の独特の痛みを感じながら身体を起こそうとすると、その人物は私に馬乗りになってきた。
「痛っ……何、」
殴られる、そう悟った瞬間に、のしかかられていた重さが消えた。鈍い叫び声とともに、男が転がっているのが見えた。
「水澤さん! 大丈夫ですか」
「あ……日下部くん……」
日下部くんは私に掴みかかってきた男の手の甲を片足で踏みつけながら、携帯を取り出した。
「警察、呼んでいいですか」
「う、うん……」
ほどなくして警察が到着し、私たちはそれぞれ事情聴取を受ける羽目になった。まだ現実をうまく処理できないでいるなかで、覚えていることをなんとか話す。私の聴取が終わるまで、彼は待ってくれていた。
「……お待たせ」
「お疲れ様です。帰りましょう」
いつの間にか、外は暗くなっていた。二人そろって乗り込んだタクシーの中は終始無言だった。マンションについて、エレベーターに乗り込むと、日下部くんがようやく口を開いた。
「びっくりしましたよ。出かけようとしたら、聞き覚えのある声が聞こえて――行ってみたらあんな状況で」
「……来てくれてありがとう」
絞りだした声は掠れていた。今になって、身体が震えている。三階で止まったエレベーターから、彼は私の腕を引きながら降りる。
「一人でいさせられないので、うちに来てください」
私の返事なんか聞こうともしていない。そのまま彼は、早足で自分の部屋に向かって行く。もどかしそうにドアを開けて玄関に滑り込み、鍵をかけたのと同時に、彼は私を引き寄せて抱きしめた。
「く、日下部くん……?」
「無事でよかったです」
そう囁いた声は、ずっと吐き出さなかった二酸化炭素が濃縮されたような音だった。私に巻きつくその腕は、痛いほどに食い込んできた。
「苦しい、から、離して……」
「――すみません」
その腕から解放され、促されるままソファに座る。前回この部屋に来たときは楽しいことだったのに、とふと思いながら、傷に貼られたいくつもの絆創膏に視線を落とした。マグカップを二つ携えて、日下部くんがキッチンから出てきた。
「……俺がこの間話したのは、あの男ですよ」
「やっぱり……そうだったんだね」
「捕まったのはいいんですけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったです」
マグカップの中身はあたたかいココアだった。両手でその熱を感じながら、ごめんね、と謝る。彼がいなければどんな目に遭っていたか考えるのも怖いけれど、彼に迷惑をかけてしまったことが恥ずかしくて、悔しくて、耐えられない。
「なんで水澤さんが謝るんですか? 何も悪いことなんてしてないですよね」
「迷惑かけちゃったのは事実でしょ」
「別にあなたのせいじゃないので、謝られる筋合いはありません」
きっぱりと強い口調で言い返されて、私は黙るしかなかった。