「ずっと疑問なんだけど、なんで私のことを誘うの?」
「え、前にも言ったでしょ。水澤ともっと仲良くなりたいから」
 その「仲良くなりたい」が、友人や同期として、という意味でないことはよくわかっている。今も目の前で、甘やかな笑顔を見せている彼の声は、その意図を分かってはいても私をくらくらさせてきた。
「だから、……私の何がそんなに興味の対象になってるのか、まったくわからないんだけど。入社した時からなんでしょ? 何がきっかけ?」
 食い下がってみると、彼は真剣な顔で考え込んだ。
「うーん……もう三年以上前のことだから、細かいことは曖昧だけどさ。研修中に、女子の誰かが部長にちょっと理不尽に怒鳴られたことがあったの、覚えてる?」
「……そんなことあったっけ」
「あった。で、その子がそのあとの休憩中にちょっと泣いてたんだけど、その時に慰めてたのが水澤だったんだよね。入社したばっかりでお互いまだちょっと遠慮気味だったけど、水澤はそのあとの研修もずっとその子の傍にいて、次なんか言ってきたら文句言ってやるから安心しな、とか話してたんだよ」
「何それ……」
 一切記憶に残っていないけれど、そんなことがあったのか。他人から聞かされるとこっぱずかしい過去だ。
「結局そのあと、部長が言いすぎだったって言って謝ったんだよね。出来事自体はそれで丸く収まったんだけど、多分あの時彼女が泣いてたことに気づいてたのって、水澤だけだったと思う。俺はたまたま通りかかったから気づいたけど、本人も隠れて泣いてたんだと思うし。偶然だったのかもしれないけどさ」
「まったく覚えてないし、多分お手洗いとかで見かけたから話しかけただけ、みたいな感じだと思うよ」
「うん、でも、俺が水澤を好きになったのは、それが最初のきっかけ」
 好き、という直球の単語に、こめかみの奥がかっと熱くなった。頬杖をついてはにかむ本間くんにいつもの余裕そうな感じはなくて、それはお酒のせいなのかもしれないけれど、やけにその頬が紅く見えた。
「それからも、気遣いができる人なんだなあってわかる場面はたくさんあったよ。自分自身の仕事を疎かにしてるわけじゃないけど、ミスしたり困ったりしている誰かのフォローも自然にできる。周りのこともよく見てるんだなあって」
 自分で意識していなかった部分を褒められると、どう返答したら良いものかわからなくなる。意味もなくマドラーを回して、カクテルをかきまぜた。グラスの水滴が知らない間に下にたくさん落ちていて、コースターの色が変わっていた。