*
連休に皐月と出かけた先で入った雑貨屋で、興味深いものを見つけた。
「見て、家でプラネタリウムができるんだって」
皐月が指さしたのは、球体の機械だった。わりと手ごろな値段で、部屋の壁や天井に星空を映せるものらしい。
「簡単なものみたいだけど、でもいいね、これ」
「おもしろいね。今ってほんと、お手頃価格で何でも手に入るようになったよね」
サンプルを手に取って、ふと、日下部くんの誕生日を聞いたのになにもプレゼントを渡していなかったことを思い出す。少し悩んで、私はサンプルの下から新品の箱を一つ取り上げた。
「桃子、買うの?」
「うん、プレゼントにしようと思って。誕生日の子がいるから」
日下部くんの名前を出して詮索されるのも嫌なので、そこは濁す。プライベートのことは会社では全く誰にも話していない。仕事場の人間関係は厳重すぎるくらいでいいのだ。
「確かに、プレゼントとしては悪くないねえ。いいんじゃない」
「うん、買ってくるね」
レジで包装してもらい、その紙袋を提げて帰宅する。部屋に入ってから日下部くんに電話すると、三コールで応答があった。
「日下部くん、今家にいる?」
『いますよ。 何ですか?』
「渡したいものがあるの。行ってもいい?」
『構いませんけど』
じゃあ行くね、と終話してから、勢いで連絡してしまったと我に返る。そもそもちょっと仲が良いだけのただの職場の後輩に、わざわざプレゼントなんか買って、何をしているんだろうか……。
しかし連絡までした以上、今更行かないわけにもいかず、少しの緊張を覚えながら彼の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「どうしたんですか、急に」
「ちょっとね。……この間誕生日だったでしょ。これ」
どうやって渡したらいいのか、方向性を見失った私は、雑に紙袋を差し出した。日下部くんは戸惑いながらも受け取ってくれた。
「それだけ。じゃあね」
「え、帰るんですか」
「だって用事はそれだけだし……」
後輩男子に個人的な誕生日プレゼントを渡したという事実が急に恥ずかしくなってきて、私は帰りたくて仕方なかった。しかし日下部くんは譲らなかった。
「せっかく来たなら上がっていけばいいじゃないですか。お茶くらい出しますよ。ほら、ドア開けっぱなしにすると虫入ってくるんで」
半ば強引に室内に招き入れられて、私は渋々ひっかけてきたサンダルを脱いで部屋に上がった。以前、梨花ちゃんのことがあった時以来だけれど、ほとんど何も変わっていない。有難くソファに座らせてもらい、キッチンに入った彼を待つ。
「どうぞ」
「ありがとう」
日下部くんは注いできたお茶を一気飲みして、さっそく包みをはがしにかかった。
「そんなに良いものじゃないよ、別に」
「それは俺が見て決めます」
丁寧に包装紙をはがして箱を見た彼は、感嘆の声を上げた。少なくとも、大外ししたわけではなさそうだ。
「お部屋でプラネタリウムみたいに星空を映せるらしいの。そこまで本格的なものじゃないけど、たまたま見つけて」
「なんでそんなに言い訳みたいな……嬉しいです。興味はあったんですけど、自分で買うとなると悩んでしまって、なかなか踏ん切りがつかなくて」
ありがとうございます、と、彼はいつものポーカーフェイスをふにゃっと崩して笑う。別に初めて見る顔なわけではないのに、不意打ちの表情に心臓が跳ねた。
「点けてみてもいいですか」
そう言いながら、彼は機械をセットし始めた。夕暮れの窓にカーテンを引き、暗くなった部屋にスイッチを入れる音がすると、天井に星空が映し出された。
「わぁ……」
ごく小規模な映像ではあるけれど、夜空が確かにそこに現れている。しばらくの間、私たちは無言でそれを見つめていた。
「これで、いつでも楽しめると思うと、ちょっと幸せですね。ありがとうございます」
ほとんど吐息のような小さな声が、暗い部屋の中で私の耳をくすぐる。知らぬ間に距離が近づいていたことに気づかされて、慌てて少し離れると、映し出されていた星空が消えた。カーテンを開けると、雲に覆われた空が夕方特有のグラデーションに染まっている。飛び跳ねた心臓を落ち着けようと、私はそっと深く息をした。
「水澤さんがこんなにセンスのいいプレゼントをくれるなんて思ってませんでした。大事にしますね」
まだ少し熱を帯びた口調で言いながら、彼はプラネタリウムの機械を箱にしまった。そして本当に大事そうに、壁際の本棚の上にそっと置く。ここまでヒットするようなものだったのかと、私はその背中を見て思わず笑ってしまう。
「何ですか、急に」
「ううん、何でも。そんなに喜ぶとは思ってなくて」
その言葉に、彼は少し顔を赤らめた――ように見えたのは、気のせいだろうか。次の瞬間にはいつものポーカーフェイスに戻っていた。
「そりゃあ、誕生日プレゼントはいくつになっても嬉しいものなので」
「ここまで気に入っていただけて光栄です」
少しおどけて話を切り上げて、今度こそ部屋に戻った。彼に喜んでもらえたことに安心しつつ、私は夕食の支度に取り掛かった。普段あまり見られない彼の表情を思い出しては少しときめいてしまうのは、秘密だ。
連休に皐月と出かけた先で入った雑貨屋で、興味深いものを見つけた。
「見て、家でプラネタリウムができるんだって」
皐月が指さしたのは、球体の機械だった。わりと手ごろな値段で、部屋の壁や天井に星空を映せるものらしい。
「簡単なものみたいだけど、でもいいね、これ」
「おもしろいね。今ってほんと、お手頃価格で何でも手に入るようになったよね」
サンプルを手に取って、ふと、日下部くんの誕生日を聞いたのになにもプレゼントを渡していなかったことを思い出す。少し悩んで、私はサンプルの下から新品の箱を一つ取り上げた。
「桃子、買うの?」
「うん、プレゼントにしようと思って。誕生日の子がいるから」
日下部くんの名前を出して詮索されるのも嫌なので、そこは濁す。プライベートのことは会社では全く誰にも話していない。仕事場の人間関係は厳重すぎるくらいでいいのだ。
「確かに、プレゼントとしては悪くないねえ。いいんじゃない」
「うん、買ってくるね」
レジで包装してもらい、その紙袋を提げて帰宅する。部屋に入ってから日下部くんに電話すると、三コールで応答があった。
「日下部くん、今家にいる?」
『いますよ。 何ですか?』
「渡したいものがあるの。行ってもいい?」
『構いませんけど』
じゃあ行くね、と終話してから、勢いで連絡してしまったと我に返る。そもそもちょっと仲が良いだけのただの職場の後輩に、わざわざプレゼントなんか買って、何をしているんだろうか……。
しかし連絡までした以上、今更行かないわけにもいかず、少しの緊張を覚えながら彼の部屋の呼び鈴を鳴らした。
「どうしたんですか、急に」
「ちょっとね。……この間誕生日だったでしょ。これ」
どうやって渡したらいいのか、方向性を見失った私は、雑に紙袋を差し出した。日下部くんは戸惑いながらも受け取ってくれた。
「それだけ。じゃあね」
「え、帰るんですか」
「だって用事はそれだけだし……」
後輩男子に個人的な誕生日プレゼントを渡したという事実が急に恥ずかしくなってきて、私は帰りたくて仕方なかった。しかし日下部くんは譲らなかった。
「せっかく来たなら上がっていけばいいじゃないですか。お茶くらい出しますよ。ほら、ドア開けっぱなしにすると虫入ってくるんで」
半ば強引に室内に招き入れられて、私は渋々ひっかけてきたサンダルを脱いで部屋に上がった。以前、梨花ちゃんのことがあった時以来だけれど、ほとんど何も変わっていない。有難くソファに座らせてもらい、キッチンに入った彼を待つ。
「どうぞ」
「ありがとう」
日下部くんは注いできたお茶を一気飲みして、さっそく包みをはがしにかかった。
「そんなに良いものじゃないよ、別に」
「それは俺が見て決めます」
丁寧に包装紙をはがして箱を見た彼は、感嘆の声を上げた。少なくとも、大外ししたわけではなさそうだ。
「お部屋でプラネタリウムみたいに星空を映せるらしいの。そこまで本格的なものじゃないけど、たまたま見つけて」
「なんでそんなに言い訳みたいな……嬉しいです。興味はあったんですけど、自分で買うとなると悩んでしまって、なかなか踏ん切りがつかなくて」
ありがとうございます、と、彼はいつものポーカーフェイスをふにゃっと崩して笑う。別に初めて見る顔なわけではないのに、不意打ちの表情に心臓が跳ねた。
「点けてみてもいいですか」
そう言いながら、彼は機械をセットし始めた。夕暮れの窓にカーテンを引き、暗くなった部屋にスイッチを入れる音がすると、天井に星空が映し出された。
「わぁ……」
ごく小規模な映像ではあるけれど、夜空が確かにそこに現れている。しばらくの間、私たちは無言でそれを見つめていた。
「これで、いつでも楽しめると思うと、ちょっと幸せですね。ありがとうございます」
ほとんど吐息のような小さな声が、暗い部屋の中で私の耳をくすぐる。知らぬ間に距離が近づいていたことに気づかされて、慌てて少し離れると、映し出されていた星空が消えた。カーテンを開けると、雲に覆われた空が夕方特有のグラデーションに染まっている。飛び跳ねた心臓を落ち着けようと、私はそっと深く息をした。
「水澤さんがこんなにセンスのいいプレゼントをくれるなんて思ってませんでした。大事にしますね」
まだ少し熱を帯びた口調で言いながら、彼はプラネタリウムの機械を箱にしまった。そして本当に大事そうに、壁際の本棚の上にそっと置く。ここまでヒットするようなものだったのかと、私はその背中を見て思わず笑ってしまう。
「何ですか、急に」
「ううん、何でも。そんなに喜ぶとは思ってなくて」
その言葉に、彼は少し顔を赤らめた――ように見えたのは、気のせいだろうか。次の瞬間にはいつものポーカーフェイスに戻っていた。
「そりゃあ、誕生日プレゼントはいくつになっても嬉しいものなので」
「ここまで気に入っていただけて光栄です」
少しおどけて話を切り上げて、今度こそ部屋に戻った。彼に喜んでもらえたことに安心しつつ、私は夕食の支度に取り掛かった。普段あまり見られない彼の表情を思い出しては少しときめいてしまうのは、秘密だ。