少し逡巡して、私はこの数か月にあった出来事をかいつまんで話した。好きだった人に振られたこと、後輩がDVを受けていたこと、人を好きになるということについて、どんどん自信を失ってきていること。姉に自分の悩みを話すなんて今までほとんどしたことがなかったけれど、笑わずに聞いてくれた。
「そうねえ、好きだとか愛だとか、いざきちんと言葉にしようとすると難しいわね。旦那や子どもに対する気持ちを愛と呼べる自信はあるけど……」
「愛の定義は人それぞれ違うと思うよ。ただ、愛と幸せはすごく密接な関係にあることは確かだよね。この人と幸せになりたいって思うか、この人を幸せにしたいって思うか、いろんなパターンがあるだろうけど」
 義兄が鞄の中身を整理しながら話してくれた言葉が、胸の奥にすっと入ってきた。
 私もいつか、ともに幸せを掴みたいと思える相手と出会えるだろうか。
「相手を不幸にする衝動は、自分に対しての矢印しかない愛のタイプよね。自分が幸せになることしか考えてない、自分のために他人を操ろうとする、っていう。やってる本人は気づいてないんでしょうけど」
「まあ、自分への愛も大事な要素だよ。そうやって行き過ぎるのは危険だけど、まずは自分のことを大事にできなきゃ、他の誰かを幸せになんてできないからね」
 その言葉の強さに顔を上げると、姉と義兄が揃って柔らかく微笑みながら、私を見ていた。
「桃子は臆病になっているんだろうけど、自分の感情ともっとよく向き合ってみるといいよ。多分、自分でもまだ気づいていない感情がいっぱいあると思うし、そこからまた逃げたくなることもあるだろうけど、逃げずにぶつかってみれば、悪いことは起きないから」
「そうそう。しんどいこともたくさん起こるだろうけど、考えることを避けてたらずっとうまくいかないと思うよ。特に人間関係に関してはね」
「それってどういう……」
 二人の言葉の真意を掴めずに問い返すと、はぐらかすように二人は蘭ちゃんを連れて立ち上がった。四時の便で帰るよ、と言って、三人はさっさと歩きだす。――その言葉の意味を理解するのは、ずっと後になってからだった。