「水澤さん、先日はありがとうございました」
 週が明けて月曜日、朝一番の私のデスクには、元気な梨花ちゃんが待ち構えていた。この週末に荷物も全部持ち出して、少し離れた実家にひとまず落ち着いたらしい。先週の怯え切った表情を思い出せないほどはつらつとした笑顔が眩しい。
「とんでもない。なんだか中途半端に首を突っ込んじゃった感じで、かえって申し訳なかったと思ってたの」
「とんでもないです。あの時、水澤さんと宮島さんが一緒に居てくれたから、こうして早期解決できたんです。本当に助かりました」
「何はともあれ、梨花ちゃんの元気が戻って良かった。今日も頑張ろうね」
「はい!」
 梨花ちゃんは隣のデスクにちょうど出勤してきた皐月にも、同じように元気な挨拶を繰り広げていた。彼女が去ってから、私は皐月にずっと気になっていた質問を投げかけた。
「皐月、あの時なんであんなに怒ってたの? 梨花ちゃんの肩を持つにしては、かなり辛辣な発言をしてたように思えたんだけど」
「ああ……あれね。うーん、まあいろいろあるんだけど……昼休みにでもゆっくり話すわ」
 皐月の困惑した表情を見て、訊かないほうが良かったかと後悔した。けれど、昼休みに案外あっさりと話してくれた。
「私ね、昔、彼氏からDVされてたことがあって。一言で言えば、その時の自分と西村ちゃんがリンクしちゃって、ついあれこれ言っちゃったの」
「そうだったんだ……訊いちゃってごめん」
「別に構わないよ。大学生の時のことだし。ただ、聞くほうがしんどい話でしょ、DVって」
 弁当のきんぴらごぼうをつまみながら、皐月は遠い目をした。
「西村ちゃんはまだ良かったと思うんだ。自分で異常なことをされているって気づいて、逃げ出せたから。私は麻痺しちゃって、自力じゃ抜け出せなかった」
「え……」
「私も同じように同棲してたの。一八のときだった。相手は社会人で、八歳上だった。私のほうが好きで告白して付き合い始めたんだけど、すごく大人に見えたし、だから彼の言うことややることが正しいって思ってた。お前のためにやってるんだ、って言われたら、暴力も暴言も真に受けちゃってたんだ、全部」
 愛は免罪符ではないのに、愛と言われたら何だって受け入れてしまう。歪んだ感情は、時に人を暴走させるものだ。馬鹿だったなあ、と皐月は自嘲気味に笑った。
「あるとき、服や化粧で隠せないところに怪我させられてさ。そのまま大学に行って、友達にそれはおかしいって寄ってたかって言われたの。でもまだわからないんだよね、だって彼氏が正しいってずっと思ってたから」
「……でも、別れたんでしょう?」
「うん。最終的なきっかけは、彼氏が浮気してたことだったけど。でもそこでやっと目が覚めたんだよね。彼は私を愛していたからあんなことをしたわけじゃない。私を支配したかっただけなんだって」
「暴力なんて、そういうものだよ。愛があるって言えば許されるわけじゃない。受けたほうはずっと、その傷を抱えて生きていくんだから」
「その通りだよ。……私はそれからかなり長い間、男の人そのものがダメになっちゃったから」