「この公園、今まで通ったことなかったんですけど、こんなに空がよく見えるんですね」
「そうだよ。星、綺麗でしょ。綺麗な夜空を見るのが好きなんだよね」
「それで今日も、こんなところで一人で飲んでたんですか?」
その問いに頷くと、彼は呆れたように眉を歪ませた。
「危ないですよ。女性一人で、こんな夜中に」
「わかってるよ。でもたまに、広い空が見たくなるの」
「……しょっちゅうやってるんですか」
「え? いや、公園にくるのはたまにだよ。ふだんはベランダから月眺めてるだけ」
 最後に残った白ぶどうサワーを飲み干して、私は答えた。帰ろうと立ち上がると、日下部くんがコートの裾を引っ張ってきた。
「どうしたの」
「今度から、こうやって飲みたくなったら俺に声かけてくださいよ。一人は危ないです」
「そんな心配しなくても」
「同じとこに住んでるのわかってて、危ないことさせられないです。なんかあったらいやじゃないですか」
 心底嫌そうに、彼は私を睨むような目つきでまっすぐ見つめてくる。そのまなざしの強さに私は白旗を上げた。
「わかったよ。じゃあ、連絡先教えてくれる?」
「もちろんです」
 携帯を突き合わせて連絡先を交換すると、彼はやっと満足したように、少しだけ表情を緩めた。
「ほんとはこういうの、やめたほうがいいと思うんですけど。でも水澤さんはやめなさそうだなって、なんとなく思うんで」
「なんか失礼な物言いだけど、当たってるよ」
「なんでこんな夜中に、寒いのに空なんか見てるんですか」
 公園のざくざくとした地面の音に紛れながら、日下部くんはストレートな質問をぶつけてきた。こういうときにうまい誤魔化しができるほど、私は頭の回転が速くない。
「……恋って難しいよね、って感じかな」
「……水澤さん、いくつですか」
「訊かないで。自分でもいい年して何やってんのって思ってるんだから」
 マンションの灯りが見えた。誰かとエレベーターに乗るなんていつぶりだろうか。
 日下部くんは三階で降りた。ドアが閉まる直前、もう一度念押しをされる。
「もう一人で夜、出歩かないでくださいよ」
「わかったってば。おやすみ」
「おやすみなさい」
帰宅して、空き缶をごみ箱に放り込む。コートも脱がないままベッドに倒れこんで、この数十分の出来事を反芻した。
まさか後輩が同じマンションに住んでいたとは。
すっぴんに部屋着で出会ってしまったこともちょっと悩ましいけれど、今後飲み会のときなんかに一緒に帰る羽目になったりしたらそれも面倒だ。
でも、あれこれ考えてもしょうがないか、と頭を切り替えて、私はコートを脱いで寝支度をすることにした。明日は美容院の予約をしているんだから、昼まで寝ているわけにはいかない。