「あの、私の友人に何かご用ですか」
 殊更に声を低くして歩み寄ると、男は横目で私をちらりと一瞥してきた。その隙に、皐月が私のほうへ近寄ってくる。
「とにかく、私はあなたの彼女なんて知りませんから。見間違いでしょう?知らない女に因縁付けないでください」
「嘘言うなよ。さっきあんたらが俺の彼女と一緒にいるのを確かに見たんだ。彼女と話がしたいだけなのになんでそんな態度をとられなきゃいけないのかわからねえよ」
「知りませんってば。いい加減にしてください」
 皐月は疲弊した様子で何度もそう繰り返した。だが、男は全く引き下がらない。それどころか、私たちを押しのけて、コンビニに入って行ってしまった。
「ちょっと……!」
 棚の後ろに隠れていた梨花ちゃんが一瞬にして固まったのがわかった。男は梨花ちゃんの腕を掴んで、店の外に引きずり出した。
「痛い、離してよ」
「勝手に出て行った梨花が悪いんだろ。帰るぞ」
「やだ! 帰らない!」
 甲高い声で叫んで、彼女は男の腕を振り払った。
「……これだけ嫌がってる女の子を無理やり連れて帰るんですか? さすがに他人が見ても、帰らないほうがいいような気がしますけどね」
 そう言うと、男は私たちの存在をやっと思い出したようで、今度は私たちを思いっきり睨みつけてきた。けれど、一周回って冷静になれたおかげて何も怖く感じない。皐月が梨花ちゃんをかばっているのを確認してから、私は男の前に一歩進み出た。
「先ほどは嘘をつきました。でも私たちは謝罪しません。目の前でこんなやりとりを見せられたら、ますます帰宅を促すなんてできません」
「外野は黙っててくれないか。これは二人の問題だから」
「そういうわけにはいきません。彼女の知人として、あなたの言い分を飲むことはしませんから」
 身勝手な主張を冷たく跳ね返すと、男は私の腕を掴んだ。捻りつぶされる、と思った瞬間、梨花ちゃんの叫び声が響いた。
「待って! ……杏也(きょうや)くん、他の人に手を出さないで。私と話がしたいんでしょ?」
「あ……ああ」
「いいよ。私も話したいことがある。でも二人では嫌だから、このお二人についてもらって、どこか店に入って話そう。いいでしょ?」
「なんで他人が必要なんだよ。俺たちの問題なんだから関係ないだろ」
「冷静でいられる自信がないからよ。私たちが二人で話すだけじゃ気づけないことだってあると思うし。別に不都合はないでしょ」
 さっきまでの怯えていた様子とはまるで別人のように、梨花ちゃんは冷静に男を説き伏せた。そして、私と皐月に対して、もう少し一緒に居てもらえますか、と申し訳なさそうに問いかけてくる。それを断る理由なんて、私たちにはなかった。
そのまま彼女を男に近づけないように警戒しつつ、カフェに移動した。日下部くんに現在地をメッセージして、席に着く。人数分のコーヒーを注文してから、誰も喋らなかった。