駅の目の前の信号。赤で止まった次の瞬間、梨花ちゃんは私の陰に隠れるように後ろに下がった。
「どうしたの?」
「……信号の反対側、青のシャツに黒いズボンの人、見えますか」
「うん。……もしかして」
「はい……」
 私のちょうど正面にいる高身長の男性。それは、彼女に暴力を振るった張本人のようだ。話がわからない皐月は、戸惑ったように私と梨花ちゃん、そしてその男を交互に見比べた。
「皐月、ごめん。私たち、ちょっと会社に戻る」
「え、ま、待って桃子。どうしたの」
「話しかけないで。私たちと仲間だとわかったら皐月も危ないから」
 皐月に忠告しながら走りだそうとしたときにはもう遅かった。信号が変わるのを待たずに、車の流れが途切れた瞬間、その男は横断歩道を渡り始めたのだ。男は走りこそしないものの、確実に私たちを認識して、追いかけてきている。逃げる私たちに皐月もそのままついてきていた。
「皐月! 帰りなって言ったのに」
「そんな顔して逃げてるのにほっとけないでしょ! それに、あの男にはもう多分私も仲間だって気づかれてるよ、私のほうも見てたから! 会社まで逃げるよりどっか店に入ったほうが早いって!」
 皐月はそう言いながら、梨花ちゃんの腕を引っ張ってコンビニに転がり込んだ。奥のほうまで進んだ時、その男もコンビニに入ってきた。見かけは普通だが、明らかに商品でない何かを探していることはわかる目をしている。私たちはコンビニの奥にあるトイレに三人で身を潜めた。皐月は青ざめる梨花ちゃんを見て、小声で訊ねてきた。
「……梨花ちゃんの因縁の相手?」
「そう言うとなんか違うような気もするけど。梨花ちゃん、皐月に話してもいいかな」
「……ここまできて、話さないわけにはいきませんよね。巻き込んでしまってすみません」
 そう言って、梨花ちゃんはかいつまんで皐月に何があったのか話してくれた。話を聞いた皐月は絶句して、最低、と低い声で吐き捨てた。
「そりゃ逃げるわ。でもここにずっと隠れてるわけにもいかないし、私が先に出て外の様子を見てくる。連絡するからちょっと待ってて」
 言うが早いか、皐月はさっさとトイレを出て行った。しかし、しばらくしても連絡が来ない。待つわけにもいかず、私は梨花ちゃんを後ろにかばいながらゆっくりとドアを開けた。――店の中にはいないようだ。
 と、店の外から口論の声が聞こえてきた。男女の言い合いのようだけれど、女の声は皐月のものだ。
「彼、外で皐月のこと捕まえたみたい。梨花ちゃんは店の中に居て、出来たら日下部くんにも連絡しておいて。私も行ってくるから」
 彼女の返事も聞かずに、私はコンビニを出た。案の定、店の前の道路に皐月と男がいた。