流れで梨花ちゃんの話を聞く羽目になってしまったけど、いいのだろうか。つい話しかけてしまったことを後悔しつつ、日下部くんの部屋の呼び鈴を鳴らした。彼の部屋に来るのは初めてだから、緊張してしまう。
「どうぞ。あんまり綺麗じゃないですけど」
「おじゃまします」
 梨花ちゃんはソファで小さくなっていた。彼女をここまで追い詰めるなんて、よほどのことがあったのだろう。
「実は、同棲している彼氏に、その……暴力を振るわれているんです」
 梨花ちゃんは消え入りそうな声で、ぽつぽつと話し始めた。一年ほど同棲している彼氏が、転職活動のストレスがきっかけで彼女に暴力を振るうようになり、今日はひときわ手酷くやられたらしい。半袖のブラウスを捲ると、右肩に痣ができていた。
「最低……」
「帰って殴られてから、そのまま出てきちゃって。頼れそうな人が日下部くんしか思いつかなかったんです。女子の家に避難してその子も巻き添えになったら嫌だし」
「そうだね。うちならオートロックも着いてるし、男の人が一緒なら万が一のときにもまだ安心できるし。外に出る時も、なるべく一人にならないほうがいいかもね」
「さすがに、ストーカーみたいなことはしないと思ってはいるんですけどね……」
「でも、何かあってからじゃ遅いだろ。いずれは話をつけなきゃいけないだろうけど、まずは自分の身の安全を考えたほうがいい」
「そうだね、ありがとう」
 弱々しく微笑む梨花ちゃんが痛々しい。携帯を見せてもらうと、既に着信が何十件と入っていた。
「知り合いの家にいるとは送りました。捜索願を出されても困るので。彼は私の親や友人の連絡先を知らないので、絨毯爆撃みたいなことはしないと思います」
「そうなると、怖いのは会社との行き来だね」
「そうですね……職場は知っているので」
「それなら俺が車で乗せていきますよ」
 淹れてくれたココアをテーブルに置きながら日下部くんが言うと、梨花ちゃんは心底安心したような、力の抜けた表情をした。
「梨花ちゃんが冷静に話ができるようになるまでは、しばらく時間を置いたほうがいいね。とにかく一旦落ち着いて、ゆっくり考えたらいいよ。何かあったら相談して」
「ありがとうございます」
 梨花ちゃんはココアをゆっくりと飲み干して、やがてそのまま寝てしまった。彼女を布団に運んでから、私も日下部くんの部屋を後にした。