「水澤さん、ちょっと寄ってみたいところがあるので、付き合ってもらってもいいですか?」
「え? うん、いいよ。どこに行くの?」
「道の駅です」
「道の駅?」
 日下部くんの話によると、このまま進んだ先にちょっと変わった道の駅があるらしい。詳細は濁されてしまったけれど、そのぶん興味をそそられて、子どもみたいにそわそわしてしまった。
「着きました」
 やがて、一見なんの変哲もないパーキングエリアのような場所に到着した。普通の道の駅かと思うと、「道の駅発祥の地」と書かれた大きな石碑が目に入る。もう自宅までもさほど離れていないと思うのだけれど、こんな施設があるなんて知らなかった。
「俺が行きたいのはこっちなんですけど」
 先に進む日下部くんの後ろを着いていくと、
「うわぁ……!」
「この道の駅にはダチョウがいるって聞いて、来てみたかったんです」
 目の前を悠々と闊歩するダチョウが数頭。一瞬慄いたけれど、襲われることはないだろうと、私は日下部くんの横に並んでダチョウの顔を見上げた。真っ黒な大きな目が可愛らしい。
「始めて来たなあ。存在すら知らなかった」
「住んでると、こういう観光地にはなかなか行かないですよね」
 少し離れたところで、どこかの親子がエサやり体験をしている。怖がり気味な子どもと、それを見て笑う夫婦。その奥にはカップルが一組。みんな、幸せそうな顔をしている。
 大切な人がいるということがうらやましい。
 誰かのために自分を犠牲にできるとか、この人を一生守りたいとか、私にはまだその感覚がわからない。改めて、上っ面だけの付き合いしかしてこなかったんだなあと思い知らされる。
 その人と一生添い遂げる覚悟をするというのは、どんな気持ちなのだろう。どんな経験を重ねたら、そんな覚悟と決断ができるのだろう。自分のパートナーと、その相手との間に生まれる子どもを守っていく、幸せにしていく自分の姿が想像できない。
 あんなふうになるためには、私はまだ、あまりにも幼すぎる。
「どうかしました?」
 呆けている私に、日下部くんが声をかけた。なんでもないよ、と躱して、カップルのほうへ向かって行ったダチョウを目で追った。
「ダチョウなんてあんまり見ないから、面白いな」
「そうですね。静かだし、気分転換にいいかもしれませんね、ここ」
 建物のほうまで戻って、ソフトクリームを買って東屋の椅子に座った。朝から空を覆っていた灰色の重苦しい雲が少し捌けて、太陽の光が差し込んでくるようになっていた。