「……水澤さん?」
急に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。顔を上げると、見覚えがあるような気がする男性が、ジャージに首巻きタオルという、いかにもトレーニング中といった出で立ちで私を見下ろしている。
「えー……、と、」
「もしかして覚えてないですか? 酷いなあ。日下部です」
「ああ、日下部くんか。大丈夫、覚えてるよ」
いつも見ているスーツ姿じゃないからわからなかったよ、と言い訳すると、彼は少し不満げな顔をして隣のブランコに腰かけた。そして私の手元の缶を見て、ああ、と察したように薄く笑う。
「いいじゃない、別に」
「何も言ってませんよ」
同じ部署の一つ下の後輩である日下部くんとは、日ごろそれほど親しいわけではない。デスクが離れていることもあり、業務関連以外で勤務中に話すことはほぼないし、飲み会で席が近ければ話すくらいの仲だ。わざわざ声をかけてきたことにも驚いたけれど、
「なんでここにいるの?」
「なんでって、住んでるので。すぐそこです、家」
彼が指さしたのは、私が住んでいるのと同じマンションだ。え、とすっとんきょうな声が出た。
「嘘。私と同じマンションじゃない」
「そうなんですか? すごい偶然ですね」
あはは、と、本当に面白いのかどうなのかわからないような笑い声をあげて、彼はブランコをゆっくり漕ぎ始めた。長い脚が邪魔そうだ。
「駅近だし、割と綺麗だしと思って。この辺なら会社の近くより静かだから住むにはいいですよね」
「そうそう。オートロックがないと不安だったんだけど、いいとこ見つけられて安心したよ。まさか同じとこに住んでる後輩がいるとは思わなかったけど」
「そうですね。水澤さん、飲み会もいつも一次会で消えますもんね」
「面倒くさいじゃない。一人でいる時間も好きだし」
日下部君はブランコから軽々と飛び降りて、その隣にある鉄棒に近づいた。華麗な逆上がりを見せられて、私は小さく拍手をした。
「今度から、ご飯が面倒になったらもらいに行きますね」
「何調子のいいこと言ってんの。あげないよ」
彼はブランコに戻ってきて、私の隣に再び腰かけた。
急に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。顔を上げると、見覚えがあるような気がする男性が、ジャージに首巻きタオルという、いかにもトレーニング中といった出で立ちで私を見下ろしている。
「えー……、と、」
「もしかして覚えてないですか? 酷いなあ。日下部です」
「ああ、日下部くんか。大丈夫、覚えてるよ」
いつも見ているスーツ姿じゃないからわからなかったよ、と言い訳すると、彼は少し不満げな顔をして隣のブランコに腰かけた。そして私の手元の缶を見て、ああ、と察したように薄く笑う。
「いいじゃない、別に」
「何も言ってませんよ」
同じ部署の一つ下の後輩である日下部くんとは、日ごろそれほど親しいわけではない。デスクが離れていることもあり、業務関連以外で勤務中に話すことはほぼないし、飲み会で席が近ければ話すくらいの仲だ。わざわざ声をかけてきたことにも驚いたけれど、
「なんでここにいるの?」
「なんでって、住んでるので。すぐそこです、家」
彼が指さしたのは、私が住んでいるのと同じマンションだ。え、とすっとんきょうな声が出た。
「嘘。私と同じマンションじゃない」
「そうなんですか? すごい偶然ですね」
あはは、と、本当に面白いのかどうなのかわからないような笑い声をあげて、彼はブランコをゆっくり漕ぎ始めた。長い脚が邪魔そうだ。
「駅近だし、割と綺麗だしと思って。この辺なら会社の近くより静かだから住むにはいいですよね」
「そうそう。オートロックがないと不安だったんだけど、いいとこ見つけられて安心したよ。まさか同じとこに住んでる後輩がいるとは思わなかったけど」
「そうですね。水澤さん、飲み会もいつも一次会で消えますもんね」
「面倒くさいじゃない。一人でいる時間も好きだし」
日下部君はブランコから軽々と飛び降りて、その隣にある鉄棒に近づいた。華麗な逆上がりを見せられて、私は小さく拍手をした。
「今度から、ご飯が面倒になったらもらいに行きますね」
「何調子のいいこと言ってんの。あげないよ」
彼はブランコに戻ってきて、私の隣に再び腰かけた。