会場内が明るくなって、椅子を起こす。隣を見ると、日下部くんはここに来た時よりも少し表情が穏やかになっていた。
「楽しかった?」
「はい。来れて良かったです。付き合ってくれてありがとうございます」
「ううん。私も久しぶりに楽しめたし。どこかでご飯にしようか」
星空の余韻に浸りながら近くのカフェに入り、ランチを待った。沈黙が流れ、微妙な気まずさを覚える。何を話そうか迷って、結局微妙な話題しか思いつかない。
「ストロベリームーンを見たら恋が叶うとか、人間ってそういう迷信みたいなのが好きだよね」
「そうですね。七夕とかもそうですし。でも、俺はそういうの割と好きですよ。神社のおみくじとかも」
「私も。人間の力じゃ及ばないような何かがあると思うと、わくわくするなあ。星や月や神様の力で、もう少し明るい未来になるといいんだけど」
自嘲気味に笑うと、日下部くんは真面目な顔で、なりますよきっと、と答えてくれた。その真剣さにどきっとした瞬間に、ランチプレートが運ばれてきた。
プレートのローストポークをつつきながら前を見ると、日下部くんの伏せたまつげが見えた。意外と長いんだな、と見とれていると、目が合ってしまう。
「何ですか?」
「あ、いや、まつげ長いなーと思って。顔立ちも綺麗だし、学生時代とかモテたんじゃない?」
「……まあ、それなりに、ですかね」
彼の場合、モテても女の子にあんまり興味なさそうだけどなあ、と失礼な感想を抱いた瞬間、日下部くんの名前を呼ぶ声が聞こえた。彼は振り返って目を見張る。
「西村」
「こんなところで会うなんて意外ー。って、水澤さんじゃないですか!」
「梨花ちゃんかあ。お友達と?」
振り向いた先にいたのは、日下部くんと同期の梨花ちゃんだった。部署は違うけれど、去年の社員旅行で部屋割りが同じだったのでよく覚えている。
「そうです。最近、カフェ巡りにはまってまして」
彼女の後ろにいるのは、学生のころからのご友人とのことだった。梨花ちゃんは私と日下部くんを見比べて、デートですか? なんて無邪気に尋ねてくる。
「残念。ちょっと迷惑かけたから、お詫びしてるだけ」
「なんだあ。日下部くんが人と一緒にいるところってあんまり見ないから、びっくりしました」
「しゃべりすぎだよ、お前」
ごめーん、と軽い謝罪を残して、彼女たちは少し離れた席に座った。にぎやかに盛り上がる彼女たちを横目に、日下部くんはため息をついて、すみませんとなぜか謝ってきた。
「別に日下部くんが謝ることじゃないでしょ」
「誤解されましたから」
「からかわれただけだよ」
そう言ってみても日下部くんは居心地悪そうにしているので、出ようか、と私は席を立った。
車を走らせ始めてからも、日下部くんは無言だった。梨花ちゃんのことに触れてもいいものか逡巡して、思い切って尋ねてみると、日下部くんは予想外にあっさりと話し始めた。
「嫌いとかじゃないですよ。安心してください。むしろ、同期の中では仲がいいほうだと思います」
「それなら、あんなに面倒そうにしなくてもいいんじゃないの」
「ああいうふうにされるのが好きじゃないので。あんなこと言われても、俺はうまくかわせないし、あいつはそれを分かって面白がってるんですよ。迷惑かけてすみません」
「私は気にしてないよ。日下部くんがしょぼくれてるのが珍しいから、ちょっと得した気分だけど」
また嫌味で返されると思いながら言ってみると、日下部くんは少し表情を和らげて、ありがとうございます、とほほ笑んだ。
「素直な日下部くんって新鮮」
「俺だってこういう日もありますよ。なんだと思ってるんですか」
いつもは淡々としていてちょっと毒舌な彼の、あまり見えていなかった一面を見ることができて嬉しい。帰りのバイパスを快調に走る横顔は、いつもより少し幼く見えた。
「楽しかった?」
「はい。来れて良かったです。付き合ってくれてありがとうございます」
「ううん。私も久しぶりに楽しめたし。どこかでご飯にしようか」
星空の余韻に浸りながら近くのカフェに入り、ランチを待った。沈黙が流れ、微妙な気まずさを覚える。何を話そうか迷って、結局微妙な話題しか思いつかない。
「ストロベリームーンを見たら恋が叶うとか、人間ってそういう迷信みたいなのが好きだよね」
「そうですね。七夕とかもそうですし。でも、俺はそういうの割と好きですよ。神社のおみくじとかも」
「私も。人間の力じゃ及ばないような何かがあると思うと、わくわくするなあ。星や月や神様の力で、もう少し明るい未来になるといいんだけど」
自嘲気味に笑うと、日下部くんは真面目な顔で、なりますよきっと、と答えてくれた。その真剣さにどきっとした瞬間に、ランチプレートが運ばれてきた。
プレートのローストポークをつつきながら前を見ると、日下部くんの伏せたまつげが見えた。意外と長いんだな、と見とれていると、目が合ってしまう。
「何ですか?」
「あ、いや、まつげ長いなーと思って。顔立ちも綺麗だし、学生時代とかモテたんじゃない?」
「……まあ、それなりに、ですかね」
彼の場合、モテても女の子にあんまり興味なさそうだけどなあ、と失礼な感想を抱いた瞬間、日下部くんの名前を呼ぶ声が聞こえた。彼は振り返って目を見張る。
「西村」
「こんなところで会うなんて意外ー。って、水澤さんじゃないですか!」
「梨花ちゃんかあ。お友達と?」
振り向いた先にいたのは、日下部くんと同期の梨花ちゃんだった。部署は違うけれど、去年の社員旅行で部屋割りが同じだったのでよく覚えている。
「そうです。最近、カフェ巡りにはまってまして」
彼女の後ろにいるのは、学生のころからのご友人とのことだった。梨花ちゃんは私と日下部くんを見比べて、デートですか? なんて無邪気に尋ねてくる。
「残念。ちょっと迷惑かけたから、お詫びしてるだけ」
「なんだあ。日下部くんが人と一緒にいるところってあんまり見ないから、びっくりしました」
「しゃべりすぎだよ、お前」
ごめーん、と軽い謝罪を残して、彼女たちは少し離れた席に座った。にぎやかに盛り上がる彼女たちを横目に、日下部くんはため息をついて、すみませんとなぜか謝ってきた。
「別に日下部くんが謝ることじゃないでしょ」
「誤解されましたから」
「からかわれただけだよ」
そう言ってみても日下部くんは居心地悪そうにしているので、出ようか、と私は席を立った。
車を走らせ始めてからも、日下部くんは無言だった。梨花ちゃんのことに触れてもいいものか逡巡して、思い切って尋ねてみると、日下部くんは予想外にあっさりと話し始めた。
「嫌いとかじゃないですよ。安心してください。むしろ、同期の中では仲がいいほうだと思います」
「それなら、あんなに面倒そうにしなくてもいいんじゃないの」
「ああいうふうにされるのが好きじゃないので。あんなこと言われても、俺はうまくかわせないし、あいつはそれを分かって面白がってるんですよ。迷惑かけてすみません」
「私は気にしてないよ。日下部くんがしょぼくれてるのが珍しいから、ちょっと得した気分だけど」
また嫌味で返されると思いながら言ってみると、日下部くんは少し表情を和らげて、ありがとうございます、とほほ笑んだ。
「素直な日下部くんって新鮮」
「俺だってこういう日もありますよ。なんだと思ってるんですか」
いつもは淡々としていてちょっと毒舌な彼の、あまり見えていなかった一面を見ることができて嬉しい。帰りのバイパスを快調に走る横顔は、いつもより少し幼く見えた。