十時ちょうどに電話をかけると、ワンコールで日下部くんは出てくれた。
「毎回相手してくれてありがとうね」
『別に。暇つぶしにはちょうどいいですから』
「私の話、エンターテインメントとして聞いてるの……?」
 低く落ち着いた彼の声が耳に心地いい。カーテンを少しめくって空を見ても暗いだけだけど、話し相手がいるだけで救われることもあるのだと知った。
「小熊さんとちゃんと話せたよ」
『まだできてなかったんですか。てっきり、俺に何も言わないだけで解決したんだと思ってました』
「そう簡単にはいかないよ。でも、今日きちんと話せてよかったなって心底思った。あのままだったら確かにずっともやもやしたままだった気がする」
『そうですか。それは良かったです。……今日は何を飲んでるんですか』
「今日は梅酒だよ」
 日下部くんがそんな質問をしてくると思っていなかったので少し驚いた。電話の向こうでも、何か飲んでいる気配がする。
「日下部くんも何か飲んでる?」
『はい。今日は八海山を飲んでます』
「本当に日本酒好きだね」
 二人で話すときに日下部くんも飲んでいるのは初めてだ。心なしか、声がとろんとしている。
『で、ざっくりとしか今話してくれてませんけど、具体的にどんなことを言ったのか、教えてもらえますか』
 その少し熱を帯びた声で、日下部くんは話を戻した。
「ええ、話したくないなあ」
『俺のおかげじゃないんですか? 教えてくださいよ』
「なんでそんなに聞きたがるの。まあ、いいけど」
 仕方なく昼休みにあったことを話すと、ふうん、とシンプルな返事しか返ってこない。少しの間訪れた沈黙に、外の雨が弱まっていたことを知った。
「聞きたいって言っておいてその反応は雑すぎでしょ。もう少し興味持ってよ」
『期待したわりに普通だったので』
 しばらく月が見れてないですね、と、日下部くんはまた雑に話題を変えた。日本海側は曇りの日が多いとは言うけれど、そろそろ明かりのある夜空が恋しい。