自分が植物なら雨も嬉しいのだろうけれど、人間に生まれてしまったからそうは思えない。じわじわ気温も上がってきた中での雨に対して、鬱陶しい以外の感想を持つことは難しい。
 雨の日が増えてきたせいで、月を見ることもしばらくできていない。雨の音を聞きながら寝るだけの日々だ。
「そろそろ雨、嫌になってくるね」
 お昼休みにそう話しかけてきたのは、同期の皐月だ。入社してからずっと同じ部署で一緒に働いている。
「ほんとにね。洗濯しても乾かないし、外に出る気分にもならないし、早く夏にならないかなあ」
「夏は夏で暑いんだけどねえ。雨続きよりはマシだな」
 そんなたわいもない話をしながら、弁当の包みをほどく。今日の卵焼きはうまくできたなと自画自賛しながら食べていると、近くのデスクに人がいなくなったのを見計らって、皐月が顔を近づけてきた。
「ねえ、聞いた? 小熊さん、結婚するらしいよ。ここ辞めて、東京で転職するんだって。まだ正式に発表されてないけど、さっき総務で話してるの、聞いちゃった」
「へえ……そうなんだ」
「反応薄いなあ。興味無いか」
「まあ、おめでたいことだね。結婚は」
 雑だなあ、と、どうでもよさそうに皐月は適当な返事をしてきた。
 日下部くんから説教をされて、目が覚めたのは事実なのだけれど、あの日から私はまだ、前に進めていない。頭で理解していることと行動に移せることは別の能力が必要なのだ。でも、もう一か月もこうやってくすぶったままでいるのはしんどいのも事実だ。
 そこに、この決定打。
 結婚という爆弾ワードと、それに伴った退職に、どんなふうに反応したらいいのかわからない。
 そこまで話が進んだ相手に、今更またあらたまって好きだのなんだのと話すのも、よくないように思える。