帰り道で買い込んだ缶チューハイを片手に、私はマンションのオートロックを解除した。金曜日の夜というのはいつも、少しだけ気分が良い。今日も今日とて残業ではあったが、明日が休みというだけでどうでもよくなる。仕事自体は楽しいのが救いだ。
帰宅し、冷蔵庫に缶チューハイをしまい込む。そして、閉じたままのカーテンを少し開いて、夜空の機嫌を伺った。
満月はもう過ぎてしまったけれど、今日も随分と綺麗な月だ。
関東の大学に進学し、一人暮らしを始めた大学生のころから、月が綺麗な夜は酒を片手に空を眺めるのが趣味だ。その時間だけは何も考えずにいられるから、気づけば定期的な習慣になっていた。アルバイトでしくじった日も、レポートにダメ出しを食らい続けた時も、就活の面接がうまくいかなかったときも、ベランダで酒を飲む三十分の間だけはそのことを忘れられた。
それは地元である新潟で就職して四年目になる今も変わらない。嫌な客に理不尽なクレームをつけられた時も、上司にセクハラ発言をされた時も、月明かりに何度救われたか数えきれない。
風呂に入り、部屋着に着替えてから、冷蔵庫を開けてチューハイを一本取りだした。今日は白ぶどうの気分だ。アルコールは5%。さほど弱いわけではないが、一人で飲む酒は思ったより回りが早いものだ。
ベランダに出ると、まだ冷たい夜の空気に髪が揺れる。ひざ掛けを腰に巻き付けて、パーカーの首元をぎゅっとすぼめた。缶を開けて一口、白ぶどうの風味と炭酸の泡を舌の上に流し込んで、月明かりを見上げる。
一人で酒を飲みながら夜空を眺めているなんて、二五歳の女としてはだいぶ悲しいような気もする。
ずっと恋人がいなかったわけではない。学生時代にはそれなりに恋をして、二年以上続いた彼氏もいた。けれど、就職して半年たったころに最後の彼氏と別れてからはずっと独り身だ。
……好きな人がいないわけではない、んだけど。
ふと、久しぶりに思い出した恋愛感情に思いをはせる。入社した年から面倒を見てくれていたチームの先輩の一人である小熊さんとは、この春の人事異動で疎遠になってしまった。部署が変わるだけでこれほどにも顔を合わせる機会がなくなるなんて、と、少しへこんでいる。
そうしてへこんでいる自分に気づいて、これは恋なのかもしれないと初めて思ったのだ。二年以上も恋を忘れて生きてきて、他人に対する感情が該当する名目に悩んでしまうなんて、ちょっと悲しくなる。
でも今更、話す機会も理由もない。連絡先は知っているけれど、普段から用事があるときにしか連絡を取らないのに、急にどうでもいい話を始められるほどしたたかではない。
恋ってどうやって進めていくんだろう。
最終的にそんな疑問に終着してしまい、情けなくてため息をついてしまう。
時刻は夜十時。いつもよりのんびりしてしまったが、まだ寝る気分にはなれない。四捨五入したら三十だね、なんてこの前の誕生日に妹からおちょくられたところだというのに、こんなことで悩んでいるなんて。
ひときわ大きなため息がこぼれて、諦めの気分とともに部屋に戻る。さすがに寒さには勝てなかったが、缶の中にはまだ、半分ほど白ぶどうサワーが残っている。悩んだ挙句、私はコートをひっかけて部屋を出た。星がよく見える夜だ。近所の公園で、星空を堪能したい。
夜の一人歩きが危ないのは承知だが、やさぐれモードになってしまったこの感情の沈め方はそれ以外にわからない。ベランダと違って、公園のほうが空を広く見上げることができるだろうという安直な思考により、白い息を吐きながら徒歩一分の公園に向かった。
雪が解け切ったばかりの公園のブランコに腰かけて、炭酸が抜けた酒を飲む。今はこんな悲しい女しかいないこの公園も、明日の昼間には子どもで賑わうのだろうな、と考えしまって、また気分がどんよりと沈んだ。