「国公立大学の医学部は確かに難関だがな、可能性はあるぞ」

「行けますかね?」

「この調子で伸びてけばな」

 青木先生はそう言って満足気に頷いた。

 年の瀬も押し迫った土曜日の午後。

 今日は、三者面談が行われている。

「一学期までボロボロだったのに、よく持ち直したもんだ」

「自分でもびっくりですよ」

 二学期の期末テストから一週間程が経ち、昨日ついに結果が発表された。

 私は二位で、一位は鹿島くんだった。

 私は確かに前に進んだ。でも結局追いつけなかった。鹿島くんも前に進んでいたからだ。

 結局私は一番になれなかった。

 でも私は生きている。

 だって、『一番になれなかったら死ぬ』というのは、覚悟を示す言葉であって、現実の生き死にとは関係ない。

「なあ、鶴崎」と、青木先生は私を見て言った。

「俺たち教師にとって一番嬉しいことって、何だか分かるか?」

「給料日ですか?」

「違う!」

「ああ、色々引かれますもんね。税金とか、年金とか、養育費とか」

「最後のはねえよ! 真面目な話だ、真面目な話」

「えっと、じゃあ、生徒の成長とか?」

「それもあるがな、ちょっと違う。教師にとって一番嬉しいのはな、お前たち生徒に使われることだよ」

「使われる?」

 パシリとかですか、という冗談を慌てて飲み込む。今は真面目な話なのだから。

「俺たちはいつも生徒にああしろ、こうしろって言ってるがな、本当はそんなことしたくねえんだ。勉強しろってのも言いたくねえ。何が大事で何をすべきか、結局のところ、決めるのはお前ら自身だ」

「……努力する意味は、自分で見い出せってことですね」

「分かってんじゃねえか」と、青木先生はふっと小さく笑った。

「人からの受け売りです」

 私は肩を竦めて見せた。

「でだ。何が大事か決めたらな、そのために何をするか考えろ。手段は無数にある。学校も教師も手段の一つだ。使えると思ったらな、遠慮なく使え。俺たち教師はな、待ってるんだ。お前らに振り回されるのをな」

「ウニヴェルシタス、ですもんね」

 大学は、学生ギルドから始まった。学生たちは組合を作り、教員を雇って教育サービスを享受した。

 今、学費を払っているのは私の方だ。お父さんが残したお金で、希帆さんが稼いだお金で、私は学校に通っている。

 確かに、ぶん回さないともったいない。

「俺たち教師も人間だ。学校から出れば自分の暮らしがある。でもな、俺たちは無断で授業を休んだり、学校から居なくなったりしねえからな。使える間は存分に使っとけ」

 そう言って先生は椅子から立ち上がった。

「全力で振り回します」

 私も立ち上がり、両手で素振りをして見せた。

「おう、やってみろ!」

 青木先生は、顔いっぱいの笑顔でそう応えてくれた。