「土屋くん大丈夫ですか?」
「うわっ!」
七海と別れ教室に戻ろうとしたところで、ふいに声をかけられた。
思わず素っ頓狂な声を上げながら振り返ると、すぐ後ろに季帆が立っていた。案の定。
「……見てたのか」
「はい、一部始終」
あいかわらずみじんも悪びれず即答してから、季帆は心配そうに顔を覗き込んでくると
「さっき、土屋くん、なんだか引導を渡されているみたいでしたけど」
「……引導て」
「気をしっかりもってくださいね。今まさに死にたいピークかもしれませんが、落ち着いてください。とりあえず席に座って、一限目の授業を受けましょう!」
「言われなくてもそうします。べつに死にたくもないし」
いや、気分的にはとても死にたいけれど、さすがに本気で死ぬ気なんてない。それより今は早く机に突っ伏したい。突っ伏して、ひとしきり打ちひしがれたい。
「ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。そんなに心配しなくても」
どんだけ俺は死にそうに見えているんだ。
「いいですか、土屋くん」
季帆はずいとこちらに顔を近づけ、真剣な表情で俺の目をまっすぐに見据えると
「もしどうしても死にたくなったときは、私のことを思い出してください」
「は?」
「私は今すぐにでも土屋くんと寝たっていいと思ってます」
「はい?!」
声量も絞らず告げる季帆に、俺は思わずぎょっとして辺りを見渡した。さいわい、近くに人の姿はなかった。たぶん誰にも聞かれていない。あわてて俺がそれを確認しているあいだにも、季帆は真剣な口調のまま
「童貞のまま死ぬなんて嫌ですよね? だからどうしても死にたくなったら、その前に私のところに来てください。死ぬ前にせめて、童貞を捨ててから死にましょう。ね。そうしましょう。約束です」
「……なんで童貞だって決めつけてんだ」
「え、そうでしょう?」
「……そうだけど」
約束ですよ、と最後まで大真面目な顔で念を押してから、季帆は自分の教室のほうへ歩いていった。
「なあなあ」
教室に戻ると、席に着くなり、前の席の矢野がちょっと興奮気味にこちらを向いて
「さっきしゃべってたの、例の転校生じゃなかった? お前仲良いの?」
「は、転校生?」
なにを訊かれたのかよくわからず、聞き返しながら顔を上げると
「さっき、土屋が教室の前でしゃべってた女の子。あれ、このまえ四組に来た転校生だろ? なんだっけ、坂下さんだったっけ?」
「え?」
俺は驚いて矢野の顔を見た。
「あいつ、転校生なの?」
強張った声で尋ねる俺に、矢野はぽかんとして
「え、知らなかったん? 二学期から転校してきたじゃん。転校生とかめずらしいし、しかもかわいい子だったし、けっこう話題になってたと思うけど」
「……知らなかった」
マジか、と矢野はあきれたように呟いてから
「お前ほんと、七海ちゃん以外の女の子に興味なさすぎだろ」
矢野の軽口に反応する余裕はなかった。
どうにもおぼろげだった記憶が、急につながる。
四月。朝の電車。顔色の悪い女の子。
たしかに声をかけた。ホームのベンチに座らせ、駅員さんを呼びに行った。あれはたしかに季帆だった。記憶が噛み合わなかったのは、あの日の季帆が、紺色のセーラー服を着ていたからだ。うちの高校のブレザーではなく、近所にある女子校の制服を。
――それからずっと見てます、土屋くんのこと。
――いつも、見てます。
最初に季帆と言葉を交わしたときに感じた薄ら寒さが、また這い上がってくる。
いや、まさか。
まさか。
さすがにそのためだけに転校するなんて、そんなことするわけがない。べつに違う高校に通っていたって告白はできる。付き合うこともできる。だからたまたまだ。そうに決まっている。ただ、なにか事情があって転校しただけ。
そう言い聞かせてはみたものの、たいして離れているわけでもない、偏差値や進学実績も大差ない高校にわざわざ年度途中で編入する理由なんて、さっぱり思い浮かばなくて困った。
「うわっ!」
七海と別れ教室に戻ろうとしたところで、ふいに声をかけられた。
思わず素っ頓狂な声を上げながら振り返ると、すぐ後ろに季帆が立っていた。案の定。
「……見てたのか」
「はい、一部始終」
あいかわらずみじんも悪びれず即答してから、季帆は心配そうに顔を覗き込んでくると
「さっき、土屋くん、なんだか引導を渡されているみたいでしたけど」
「……引導て」
「気をしっかりもってくださいね。今まさに死にたいピークかもしれませんが、落ち着いてください。とりあえず席に座って、一限目の授業を受けましょう!」
「言われなくてもそうします。べつに死にたくもないし」
いや、気分的にはとても死にたいけれど、さすがに本気で死ぬ気なんてない。それより今は早く机に突っ伏したい。突っ伏して、ひとしきり打ちひしがれたい。
「ほんとに大丈夫ですか?」
「大丈夫だって。そんなに心配しなくても」
どんだけ俺は死にそうに見えているんだ。
「いいですか、土屋くん」
季帆はずいとこちらに顔を近づけ、真剣な表情で俺の目をまっすぐに見据えると
「もしどうしても死にたくなったときは、私のことを思い出してください」
「は?」
「私は今すぐにでも土屋くんと寝たっていいと思ってます」
「はい?!」
声量も絞らず告げる季帆に、俺は思わずぎょっとして辺りを見渡した。さいわい、近くに人の姿はなかった。たぶん誰にも聞かれていない。あわてて俺がそれを確認しているあいだにも、季帆は真剣な口調のまま
「童貞のまま死ぬなんて嫌ですよね? だからどうしても死にたくなったら、その前に私のところに来てください。死ぬ前にせめて、童貞を捨ててから死にましょう。ね。そうしましょう。約束です」
「……なんで童貞だって決めつけてんだ」
「え、そうでしょう?」
「……そうだけど」
約束ですよ、と最後まで大真面目な顔で念を押してから、季帆は自分の教室のほうへ歩いていった。
「なあなあ」
教室に戻ると、席に着くなり、前の席の矢野がちょっと興奮気味にこちらを向いて
「さっきしゃべってたの、例の転校生じゃなかった? お前仲良いの?」
「は、転校生?」
なにを訊かれたのかよくわからず、聞き返しながら顔を上げると
「さっき、土屋が教室の前でしゃべってた女の子。あれ、このまえ四組に来た転校生だろ? なんだっけ、坂下さんだったっけ?」
「え?」
俺は驚いて矢野の顔を見た。
「あいつ、転校生なの?」
強張った声で尋ねる俺に、矢野はぽかんとして
「え、知らなかったん? 二学期から転校してきたじゃん。転校生とかめずらしいし、しかもかわいい子だったし、けっこう話題になってたと思うけど」
「……知らなかった」
マジか、と矢野はあきれたように呟いてから
「お前ほんと、七海ちゃん以外の女の子に興味なさすぎだろ」
矢野の軽口に反応する余裕はなかった。
どうにもおぼろげだった記憶が、急につながる。
四月。朝の電車。顔色の悪い女の子。
たしかに声をかけた。ホームのベンチに座らせ、駅員さんを呼びに行った。あれはたしかに季帆だった。記憶が噛み合わなかったのは、あの日の季帆が、紺色のセーラー服を着ていたからだ。うちの高校のブレザーではなく、近所にある女子校の制服を。
――それからずっと見てます、土屋くんのこと。
――いつも、見てます。
最初に季帆と言葉を交わしたときに感じた薄ら寒さが、また這い上がってくる。
いや、まさか。
まさか。
さすがにそのためだけに転校するなんて、そんなことするわけがない。べつに違う高校に通っていたって告白はできる。付き合うこともできる。だからたまたまだ。そうに決まっている。ただ、なにか事情があって転校しただけ。
そう言い聞かせてはみたものの、たいして離れているわけでもない、偏差値や進学実績も大差ない高校にわざわざ年度途中で編入する理由なんて、さっぱり思い浮かばなくて困った。