一週間後に冬休みを迎える放課後。
日直の当番を終え日誌を提出しようと教室を出れば、ウインドブレーカーに身を包んだ男の子と目が合う。

「あ、結依先輩、こんにちは。」
「やっほー。柳くん、なんか久しぶりだね。」

そういうと柳くんはそうっすね、とはにかむ。挨拶が「こんにちは」なのもペコッと頭を下げるのも可愛いが過ぎる、やはり推せる。

「ていうか寒そうだね。大丈夫?」
「今は寒いんですけど動き始めるとすぐ暑くなっちゃうんで。」

柳くんは上こそウインドブレーカーだが、下はもう既に半ズボンで。マフラーも手袋も耳当てもホッカイロも腹巻もあったかパンツも・・・言わなくていい所まで言い過ぎた。とにかくすべて完備している私には信じられない格好である。

しばし雑談をしていれば、どこかのクラスからクリスマスソングが流れてきて、ああもうこんな時期なんだなあ、なんて改めてしみじみした気持ちになる。
柳くんも同じような気持ちなのだろう。クリスマスですねえ、なんて呟いて。

「クリスマスは彼女とデート?」
「なっ・・・何言ってるんですか!かっ、彼女なんていないですよ!!」
「落ち着け落ち着け。」

そんなに慌てると思ってなかったからこっちが焦ったわ。顔を真っ赤にした柳くんは、でも、と俯いて。

「誘いたい人は、いるんですけど・・・。」
「ほうほう。ちなみに同じクラスの子?」
「いやクラスは違くて。でも中学校も一緒だったです。」
「いやーちょっと待って!おばさんニヤニヤしてきちゃうよ!!」
「一個しか変わらないじゃないですか。」

ド正論。でもごめんなさい、ときめきが止まらなくて。
どんな子なの?と聞けば、彼は数秒考える。

「意地っ張りで、気が強くて、集中すると周りがすぐ見えなくなって、不器用で・・・ちょっとバカ?」
「今の聞かれたら多分振られるよ?」
「でもとにかくいい奴なんです。なんかもう本当に友達って感じで。だから誘うの怖くて変な感じになったらいやだなあって思ったりして・・・って!何話してるんだ俺!」
「非常に可愛い恋バナだけど」
「こんな事絶対普段人に言わないのに!!結依先輩だとなんか話しやすくて・・・」

うわー恥ず・・・なんて言って彼は顔を覆ってしゃがみだしてしまった。私も一緒に屈んで、ポンポン、と肩を叩く。

「柳くんなら大丈夫だよ。根拠ないけど。根拠ない自信ってやつ、私結構当たるんだ。」
「結依先輩・・・ぜんっっぜん頼りないけどでもなんか勇気出てきました・・・!」
「めちゃくちゃ全然を強調したよね。大丈夫!当たって砕けろだ!!」
「砕けちゃダメなんですけどでもまあいいっか!勢いでいきます!!」

ムクッと急に立ち上がった柳くんは、ありがとう結依先輩!と手を振ってその場を去っていった。あの子あんなにアホの子だったっけ?と思いつつ、まあいい、きっと恋は人を変えてしまうのだ。




「ちょっと、何考えてるんですか本当に。」

花柄のエプロンを付けたまま、ピンク色の三角巾を付けたまま、美和ちゃんが腕を組んで私を睨む。視線でさっちゃんに助けを求めるけど、うわ、逸らされた。

既にオーブンからはバタ―のいい香りがしてきていて・・・なんて思っていたのがバレたようだ。美和ちゃんが更に眉を寄せる。

「なんで悠先輩の事クリスマス会に誘っちゃうんですか!!私が2人で出かけるチャンスが!!」
「いやそれが決まる前にあんた断られてたじゃん。」
「早紀先輩は黙っててください。」

はいはい、とさっちゃんがベロを出して答える。
そうです私もさすがにそこまで空気の読めない女じゃありません。美和ちゃんはわざとらしくため息をついて。

「これで私は聖なる夜にひとり身です・・・」
「さっき友達とクリスマスパーティーって言ってじゃん。」
「それは25日!クリスマスイブにひとりなんてJKとして悲しすぎます!」
「めんどくさ。」

キーッと美和ちゃんがさっちゃんに向けて威嚇する。ネコか。と同時にチーンという大きな音がして、チャンスとばかりにオーブンに駆け寄った。クリスマスツリーの形、結晶の形、色んな形のクッキーはいい色に焼けていて。

「美和ちゃん!食べていい!?」
「味見は少しだけですからね!」
「やったー!!」

ミトンを使ってオーブンからクッキーを取り出す。たまらなくいい匂いがして、3人して顔が緩んでしまう。今は一時休戦だ。
調理室の椅子に座って、出来立てのクッキーを齧る。ああなんて幸せ。生きててよかった。

幸せに浸っていれば、ガヤガヤという声と近づいてくる足音が聞こえてくる。この時間にここに人が来るなんて珍しい、なんて思いで3人で顔を見合わせていればその足音はドアの少し前でピタリとやんで。ますます不思議に思っていれば、今度は1つだけ足音が近づいてくる。

少し小走りで駆けてきたその人は、勢いよくドアを開けて。

「お、お疲れ!!!」
「びっ・・・くりした!なんだ、柳か。」

入ってきたのは制服姿の柳くんだった。彼は私とさっちゃんにおそらく気づいていないままで、美和ちゃんの前に立つ。
なんだ柳か、そう言ったのは美和ちゃん。なにやらモジモジしている柳くんと、それを不可解そうに見つめる美和ちゃん。

・・・意地っ張りで、気が強くて、集中すると周りがすぐ見えなくなって、不器用で、ちょっとバカ?
もしや、これは。

しばし不自然な沈黙が落ちる。不思議そうに眉を寄せた美和ちゃんが口を開く前に、柳くんが口を開く。

「お疲れ!!」
「なんで2回言う?」
「きょ、今日もいい天気だな!」
「曇ってるし雪舞ってるけど。」
「科学の課題さ、やった?」
「私文系コースだから化学取ってない。」

あちゃー、全てがから回っている。ひとり全力疾走、ちょっと落ち着け。

「あの!さ!!」

意を決したように柳くんが口を開く。がその驚くほどの声量の大きさに思わずビクッとしてしまう。柳くん、頑張れ、音量調整しっかり。

「クリス!!マス!!なんだけど!!!」

どこにビックリマークいれてんだよ。だから落ち着けって。

明らかに挙動不審な柳くんにさっちゃんが吹き出しそうになっている。もう少し我慢して。

ふーっと、大きすぎるくらいに息を吐いて、そして何故かそのまま勢い良く息を吸う。うん、むせるよね、そうなるよね。予想してました。そんな彼を怪訝そうに見つめる美和ちゃん。カオス。さっちゃんが窒息寸前なので巻いてください柳くん。

「いっ・・・一緒に、出掛けま、せんか・・・。」

最後はまるで虫の息。結局音量調整最後までうまくいかなかったようです。
美和ちゃんの返事は・・・なんてドキドキする間もなく、彼女はあっさりと頷く。

「別に。いいよ。」
「え!?ほんとに!?」
「なんで結依先輩が驚くんです?」

しまった。思わず返事をしてしまった。口をふさいで2人から背を向ける。柳くんはそこで初めて私の存在に気づいたようだ。さっちゃんはもう笑いながらベランダへフェードアウトしていった。

いいの?と柳くんが喜んだのも束の間。

「どうせサッカー部の中で予定ないの自分だけだったんでしょ。周り皆彼女いるもんねえ、遊んでくれる人見つからなかったの?」
「はっ・・・?いや違・・・」
「まあいいよ私も予定なくて暇してたし!ねえねえ私バッティングセンターとか行きたい!」
「いやまってそれは誤解が・・・いやバッティングセンターはいいんだけど・・・」
「思いっきり楽しんじゃおうー!!」

楽しそうに美和ちゃんはそう言って、あ、そうだ、と作ったばかりのクッキーを柳くんの口に押し込む。あっけにとられている柳くんの顔を覗き込んで、美味しいでしょ?とニコリ。・・・こやつ、これは天然?計算・・・?

そのまま、柳くんは曖昧な表情のまま私たちに頭を下げて教室を出て行った。少しすればまたガヤガヤと足音が聞こえたから、きっと友達が近くまで来てくれていたんだろう。これは成功なのか失敗なのか。でもまあ約束は出来たわけだし・・・。

「どうしたんですか?変な顔して?」
「・・・天然?計算?」
「なんですか急に。」

美和ちゃんは怪訝そうな顔をする。

「柳とは中学校から一緒なんですけど。笑っちゃうくらいいい奴なんですよね。なんか素で話せるっていうか。」
「へえ、そうなんだね。」
「何でも話せる友達なんです。でもいい奴でイケメンなのに彼女出来た事ないみたいなんですよね。なんでですかね。」
「あっはは・・・不思議だね。」

美和ちゃんは本当に不思議そうな顔をして考えこんでいる。これは計算ではない。本当に気づいていない。あれだけアグレッシブなのに自分のことには疎いらしい。

頑張れ柳くん。道のりは遠い。