調理室を出て廊下を歩いていれば、
グラウンド近くの水道で水を飲んでいるジャージ姿が目に入る。
・・・さっちゃんだ。
カバンの中のパウンドケーキに一瞬視線を落とす。
・・・うん、このままでいいわけないもんね。きちんと話したい、きちんと話さなきゃ。
でもまだ部活中なのかな、そう思って様子をうかがっていれば、その背中が小さく丸まっていく。心臓が跳ねて、急いで駆け寄る。
「さっちゃん!?」
膝から崩れ落ちる形でしゃがんでしまったさっちゃんに駆けよれば、
彼女は驚いた顔をしたけど、頭が痛いのかそのまま眉間に手を当てる。
「大丈夫!?」
「・・・平気。ちょっとフラついちゃって。」
「どうしよう。先生呼んでくるね、ちょっと待ってて。」
「だから大丈夫だって。」
その声にこの前のような覇気はない。大丈夫だと繰り返す声が痛々しくて、なんだか涙が出そうだ。
結局先生は呼ばずに日陰で彼女を休ませることにした。体育座りをして頭からタオルを被るさっちゃんの表情は見えない。でもしばらく休めばだいぶ楽になったようで。
「ごめん結依、ありがとう。」
「ううん。少し良くなった?」
「大分よくなった。」
よかった、と胸をなでおろしたのもつかの間。じゃあ私練習戻るね、とさっちゃんが立ち上がろうとするからあわてて腕をつかむ。
「今日はもう帰ろう。少し休んだ方がいいよ。」
「大丈夫だって。もう少し走りたいの。」
「また体調悪くなっちゃうよ。まだ顔色も良くないし。」
「結依、心配しすぎだよ。」
そう言って彼女は笑うけど、その笑顔も痛々しい。
私の言葉なんて全然響かないのが分かって唇を噛む。
「大会も近いし、今が頑張り時だから。」
「・・・だからこそ、休むのも大事なんじゃないの?どれだけ頑張ったって、当日に万全の状態で臨めなきゃ意味ないじゃん。」
意味ない、その言葉にさっちゃんが表情を変えたのが分かった。そんな言葉絶対に言っちゃいけないって分かっているのに私の口は止まらない。
「無理して練習し続けてまた倒れたらどうするの?このまま体調悪いまま本番迎えたら、さっちゃん絶対後悔するよ。」
「・・・なにそれ。」
「今日だけでいいから一回休もうよ。それでまた明日から頑張ればいじゃん。焦ってもいいことなんて・・・」
「っ・・・!結依にそんなこと言われたくない!!」
「私だってこんなこと言いたくない!!」
らしくない様子のさっちゃんに心がひるむけど、でも私も止まれなかった。
「最後の新人戦なの!休んでる暇なんてないの!もっとタイム縮めなきゃいけないの!!」
「だからって・・・倒れたら元も子もないじゃん!!」
「私はエースなの!絶対に勝たなきゃいけないし期待に応えないといけない!!そうじゃなきゃ、何のために今まで頑張ってきたのか・・・」
少し言葉を止めて、さっちゃんはこぶしを握りしめる。
「簡単に休むなんて言わないで。一日休んだら取り戻すのに倍以上かかるんだよ。また明日から頑張ればいいなんて、なにそれ・・・。」
こんなさっちゃん見たことなかった。彼女は息を吐いて、潤んだ瞳で、私を見ないまま。
「っ・・・結依には、この気持ちなんてわかんないじゃん。」
グサッ、と心に何かが刺さった気がした。
さっちゃんは駆け足でそこから去って行ってしまって、一瞬で辺りが静かになる。グラウンドから野球部の声が、体育館からバスケ部の声が聞こえてきているはずなのに、私の周りは静かだった。何も聞こえない、何も耳に入らない。
穴の開いた心から漏れるなにかを止める方法を知らずに、
私は俯いたまま顔を挙げられない。ああもう、泣きそう。
滲んでいく視界に突然黒い裾がうつって、目の前に誰かが立っていることに気が付く。
「あれ、秋山じゃん。何してんの?」
「・・・。」
「俺?俺はな、たいして手当もつかねえ顧問の仕事で練習見てきたの。俺卓球なんてしたことねえのにな、あのヴォルデモート教頭絶対許さねえ。」
いつもの花ちゃん節を炸裂させながら、何の返答もない私を不思議に思ったのか彼は私の顔を覗き込んで、あー・・・、と小さく声を漏らす。
「悪い。今日中にまとめなきゃいけないプリントあってさ。手伝ってくんない?代わりにジュース買ってやっから。」
「・・・」
「今ならお菓子もつけちゃおう。ぬれ煎餅、みすず飴、金平糖、なんでもあるぞ。」
「・・・チョイス渋。」
「全部藤巻先生のだからな。」
「泥棒。」
「大丈夫、バレないから。あの人多分時計の向き全部逆さにしといても気づかないよ。気づいても斬新ですねえ、って言ってにこやかに微笑むと思うよ。」
「それは舐めすぎ。」
ほら行くぞ、と花ちゃんが私の背中をトントン、と叩いてくれる。
まだ目が乾かなくて顔は上げられなかったけど、時が止まった場所から一歩進むことが出来た。
グラウンド近くの水道で水を飲んでいるジャージ姿が目に入る。
・・・さっちゃんだ。
カバンの中のパウンドケーキに一瞬視線を落とす。
・・・うん、このままでいいわけないもんね。きちんと話したい、きちんと話さなきゃ。
でもまだ部活中なのかな、そう思って様子をうかがっていれば、その背中が小さく丸まっていく。心臓が跳ねて、急いで駆け寄る。
「さっちゃん!?」
膝から崩れ落ちる形でしゃがんでしまったさっちゃんに駆けよれば、
彼女は驚いた顔をしたけど、頭が痛いのかそのまま眉間に手を当てる。
「大丈夫!?」
「・・・平気。ちょっとフラついちゃって。」
「どうしよう。先生呼んでくるね、ちょっと待ってて。」
「だから大丈夫だって。」
その声にこの前のような覇気はない。大丈夫だと繰り返す声が痛々しくて、なんだか涙が出そうだ。
結局先生は呼ばずに日陰で彼女を休ませることにした。体育座りをして頭からタオルを被るさっちゃんの表情は見えない。でもしばらく休めばだいぶ楽になったようで。
「ごめん結依、ありがとう。」
「ううん。少し良くなった?」
「大分よくなった。」
よかった、と胸をなでおろしたのもつかの間。じゃあ私練習戻るね、とさっちゃんが立ち上がろうとするからあわてて腕をつかむ。
「今日はもう帰ろう。少し休んだ方がいいよ。」
「大丈夫だって。もう少し走りたいの。」
「また体調悪くなっちゃうよ。まだ顔色も良くないし。」
「結依、心配しすぎだよ。」
そう言って彼女は笑うけど、その笑顔も痛々しい。
私の言葉なんて全然響かないのが分かって唇を噛む。
「大会も近いし、今が頑張り時だから。」
「・・・だからこそ、休むのも大事なんじゃないの?どれだけ頑張ったって、当日に万全の状態で臨めなきゃ意味ないじゃん。」
意味ない、その言葉にさっちゃんが表情を変えたのが分かった。そんな言葉絶対に言っちゃいけないって分かっているのに私の口は止まらない。
「無理して練習し続けてまた倒れたらどうするの?このまま体調悪いまま本番迎えたら、さっちゃん絶対後悔するよ。」
「・・・なにそれ。」
「今日だけでいいから一回休もうよ。それでまた明日から頑張ればいじゃん。焦ってもいいことなんて・・・」
「っ・・・!結依にそんなこと言われたくない!!」
「私だってこんなこと言いたくない!!」
らしくない様子のさっちゃんに心がひるむけど、でも私も止まれなかった。
「最後の新人戦なの!休んでる暇なんてないの!もっとタイム縮めなきゃいけないの!!」
「だからって・・・倒れたら元も子もないじゃん!!」
「私はエースなの!絶対に勝たなきゃいけないし期待に応えないといけない!!そうじゃなきゃ、何のために今まで頑張ってきたのか・・・」
少し言葉を止めて、さっちゃんはこぶしを握りしめる。
「簡単に休むなんて言わないで。一日休んだら取り戻すのに倍以上かかるんだよ。また明日から頑張ればいいなんて、なにそれ・・・。」
こんなさっちゃん見たことなかった。彼女は息を吐いて、潤んだ瞳で、私を見ないまま。
「っ・・・結依には、この気持ちなんてわかんないじゃん。」
グサッ、と心に何かが刺さった気がした。
さっちゃんは駆け足でそこから去って行ってしまって、一瞬で辺りが静かになる。グラウンドから野球部の声が、体育館からバスケ部の声が聞こえてきているはずなのに、私の周りは静かだった。何も聞こえない、何も耳に入らない。
穴の開いた心から漏れるなにかを止める方法を知らずに、
私は俯いたまま顔を挙げられない。ああもう、泣きそう。
滲んでいく視界に突然黒い裾がうつって、目の前に誰かが立っていることに気が付く。
「あれ、秋山じゃん。何してんの?」
「・・・。」
「俺?俺はな、たいして手当もつかねえ顧問の仕事で練習見てきたの。俺卓球なんてしたことねえのにな、あのヴォルデモート教頭絶対許さねえ。」
いつもの花ちゃん節を炸裂させながら、何の返答もない私を不思議に思ったのか彼は私の顔を覗き込んで、あー・・・、と小さく声を漏らす。
「悪い。今日中にまとめなきゃいけないプリントあってさ。手伝ってくんない?代わりにジュース買ってやっから。」
「・・・」
「今ならお菓子もつけちゃおう。ぬれ煎餅、みすず飴、金平糖、なんでもあるぞ。」
「・・・チョイス渋。」
「全部藤巻先生のだからな。」
「泥棒。」
「大丈夫、バレないから。あの人多分時計の向き全部逆さにしといても気づかないよ。気づいても斬新ですねえ、って言ってにこやかに微笑むと思うよ。」
「それは舐めすぎ。」
ほら行くぞ、と花ちゃんが私の背中をトントン、と叩いてくれる。
まだ目が乾かなくて顔は上げられなかったけど、時が止まった場所から一歩進むことが出来た。