自分は敵に背中を見せたことはない。
 いつも彼はそう豪語する。実際、どんな相手だろうと恐れることなく立ち向かっていったからこそ今の成功がある。
 戦場で臆病だったことは一度としてなかった人だ。
 そんな彼が、戻ってくるのを。
 私はタスキに鉢巻姿でじっと待っていた。
「今、帰ったぞー」
 酒臭い息を吐いて、彼が帰ってくる。
 どうやら相当お楽しみだったようだ。
「おかえりなさい……あなた!」
 私は手にした長刀を突き立てて出迎えた。
 彼は見事な反射神経で瞬時に飛びのいて躱す。
「な。お前、どういうつもりだ」
「ご自分の胸に聞いてください」
「ま、まさか。他の女に手を出したことを」
「この浮気者が!」
 私も女だてらに長刀の名手として知られる身だ。使い慣れた得物をぶんぶんと振り回して、必殺の一撃を繰り出さんとする。
「ま、待て。話せば分かる!」
「問答無用! 妻として、夫の不貞は許しません!」
 戦場で一度も逃げたことがない。
 賤ヶ岳の七本槍が一人。福島正則が一目散に城の玄関へと遁走するのを、私は一日中追い回した。