その時、彼女の視線が一瞬こちらに向いた。
僕に気づいたのかと思ったので手を挙げた。
でも彼女はすぐに友達のほうに向き直り、何事も無かったように喋り続けていた。

あれ? 無視されたのかな・・・・・。
その時、別の人に視線を感じる。

麻生さんが僕のほうを見ていたような気がした。
でも麻生さんはじっと本を読みふけっていた。
どうやら僕は自意識が過剰になっているようだ。

結局、その日は葵さんと麻生さんにはこちらから話かけることも、話かけられることもなく、美術の時間は終わった。

僕の心の中に変なモヤモヤ感が残った。

気がつくと僕は自然に彼女のことを意識するようになっていた。
自分でも理由は分からなかった。

放課後になると、僕は部活のため部室へと急いだ。

僕はテニス部に属している。

体を動かせば少しはこのモヤモヤ感がすっきりするかと、今日はいつもより懸命に体を動かした。
けれども、やはり心の中に燻るモヤモヤ感は抜けることはなかった。

練習の終わりに、学校の近くにある中央公園までランニングをすることが日課になっていた。

テニス部員十数人が大きな掛け声と共に校門を抜け、中央公園へと向かう。

学校内では特に気にならないのだが、学校の外で大きな声を上げることにはちょっと抵抗があった。

公園内の遊歩道に入ると、帰宅途中の生徒が多く歩いていた。

その時だ、見覚えのある女子生徒の後ろ姿が僕の視界に入った。
まだ遠目であったが、それを彼女だと認識するのに時間はかからなかった。

だが同時に強いショックが僕の心を襲った。
彼女の横に親しそうに男子生徒が並んで歩いていたからだ。

僕は反射的に彼女から見えないように反対側の列に移り、隠れながら走った。テニス部員の列は二人を追い抜いていく。
その瞬間、僕はちらりと二人のほうに目をやった。
二人とも話に夢中で、僕に気づく気配はなかった。

彼女はとても楽しそうな笑顔をしていた。
二人の歩いている距離感とその雰囲気から、かなり親しげな関係であることが僕でも分かる。

その男子生徒は見覚えのある顔だった。確かサッカー部の武田君だ。
彼氏だろうか? 葵さんはこの前フラれたばかりって言ってたのに。

僕の胸がまたキュっと苦しくなった。

この胸が痛みは何なのだろうか。
でも、僕はその理由(わけ)を出てくる前に飲み込んだ。