*幸せ
~やっと~
2018年4月…
季節は流れて春を迎える。私は無事に国家試験に合格し、仲の良かったみんなと別れを告げ大学を卒業した。
新社会人として、札幌近郊の特別養護老人ホームで介護の仕事を始めた。ゆっくり、ゆっくりでいいんだ。待ってくれている人もいる。私が決めた道を歩み始めようとしていた。
しかし、慣れない環境のなか覚えることばかり…。自分が思っていた以上に仕事量は多く、時間に追われて毎日がヘトヘトだった。
一方で、指導者の阿部さんは、介護技術を細かく丁寧に教えて下さる。その熱意に応えようと必死に頑張っていた。阿部さんはいつも私に気を遣ってくれて、
「悩みとか聞きたいことあったら何でも話して」
「話しにくかったらロッカーにメモ置いていってもいいから」
そう言ってくれた。とても優しい先輩に出会えて、安心して働くことが出来ている。介護技術に乏しい私は、見様見真似で入居者の介助を行い、体で介護技術を覚えていった。2か月を過ぎる頃には1人でユニットを任されるまでに成長した。
大ちゃんとはあれ以来、前のように連絡を取り合えている。ひろとも今まで通り、友達として連絡を取り合っている。とても充実した日々を過ごしていた。
“ななみ、来週札幌行くんだけど会える?”
大ちゃんからのメッセージだ。私はシフトを確認し、“会えるよ”と返信した。4か月ぶりの大ちゃん。もう働き始めて3か月ちょっと経つんだな…。大ちゃんに会って、顔を見て話したい。考えるだけで楽しみになっていた。
1週間後…
今日は大ちゃんとの約束の日。私はやっぱり手際が悪く、仕事が終わらなくて大ちゃんを待たせてしまっていた。いつもより頑張ったのになかなかうまくいかないな…。そう思いながら仕事を終え、急いで大ちゃんのところへと向かった。
「ごめ~ん。お待たせ」
「ななみ、お疲れさま。気にするな!
ななみから“仕事が~”って聞けて安心してるよ」
「何それ。(笑)」
「褒めているんだよ。本当に生意気な奴め~」
そう言って、私の頬を軽くつねってくる。こんな平凡な会話が私にとってはとても幸せで、特別で、この幸せがずっと続きますようにとそう願った。
「あっ。大ちゃん!
急がないと飲み会に間に合わないよ。早く車乗って!」
「そうだ、そうだ!お願いします。
ところでななみの運転大丈夫なのか?」
「任せて!安全運転だから~」
「うゎ~めっちゃ怖い…」
「うるさーい!行くよ~」
この日は初めて、大ちゃんを助手席に乗せて私が運転をする。確かにペーパー歴が3年ちょっと、運転歴は3か月だけど、最近、バック駐車できるようになったし、大丈夫でしょう(笑)
二人でドライブするのはMACOちゃんのライブ以来かな?あの時と同じようにMACOちゃんの曲を流しながら大ちゃんを居酒屋まで送り届けた。
そして、私は家に帰り、明日、大ちゃんと遊べることを楽しみに寝ることにした。
♪ブーブーブーブー
着信音が鳴っている。眠たい目をこすり、スマホの画面を見る。夜中の3時過ぎ、こんな時間に大ちゃんから連絡が入った。
「ななみ、寒い。迎えに来て~」
という電話だった。帰りは漫画喫茶に泊まるって言っていたのに電話をかけてきた大ちゃん。これだから酔っぱらいは…と思いながらも重たい体を起こした。
愛おしい人からのお願いはなかなか断れない。いつも頼ってくれない大ちゃんが、『迎えに来て』と言ってくれるだけでなんだか嬉しい。大ちゃんが頼ってくれているようなそんな気がした。
迎えに行く頃には朝日が昇ろうとしていた。助手席には酔っ払って気分良さそうにニコニコしている大ちゃんが居る。
“ななみだいすき”
曇った窓ガラスに大ちゃんはそう書いた。『本当に調子がいいんだから…』と私たちは笑い合った。家に帰るとすぐ、大ちゃんは私のベッドに飛び込み、爆睡している。疲れているのに、こんなに飲んでくるなんて、本当にだらしないんだからと思いながらも私は大ちゃんのために用意した布団を隣に敷いてもう一度寝ることにした。
いつも離れ離れだった私にとってはとても愛おしい時間。夜中に起こされたって、大ちゃんが側にいる。それが嬉しくてたまらなかった。
「も~そろそろ起きないの~?お昼過ぎてるよ~」
「もうちょっとー」
そんなやり取りを何度も繰り返した。
なかなか起きない大ちゃんに呆れ、素直に大ちゃんが起きるのを待とうと、家事をしながら、たまに部屋を覗きながら待っていた。そして、やっと大ちゃんが起きた頃にはもう夕方になってしまっていた。
「も~せっかく会えたのに~。
もう大ちゃん帰らなきゃじゃん!」
「なんで、早く起こしてくれなかったんだよ~」
「何回も起こしたってば!」
「ななみのせいだからな~」
「からかわないでよ~もう酷い!」
「ごめん、ごめん。怒んなよ!
またすぐに会いに来るから」
そう言いながら大ちゃんは後ろから私に抱きついた。
「ちょっと、なにしてるのよ!」
「ななみ、今日からお付き合いしてくれないか?」
「えっ?」
「俺、ななみと付き合いたい!」
「待って、待って。
私まだちゃんと大人になれてないよ…」
「そうかもな」
「ほら、やっぱり、まだまだ時間かかるもん」
「そうだな。
でも、初めて出会った時のななみよりは、
大人に少しずつなってきていると思うよ」
「……」
私は何も言えず大ちゃんの腕を握りしめた。
「2月に会った時も、頑張れるようになってきたなって思っていた。
でも、『4月からまた新しい環境でどうなるかなー』って少し不安もあった。
働くのは学生とは全然違うから…。
また、『もう無理~』とか『辞めたい~』とかすぐ言うのかなって
思っていたけど、
ななみは一言も言わなかったよな?
逆に、『入居者にありがとうって言われた!』とか
『介助難しいけど今日はうまくできたよ』とか、
なんだか楽しそうに色々話してくれたよな?
俺、びっくりしたよ。
仕事初めて3か月、半年ってかなりきついはずなのに。
ななみに支えてもらっている入居者は幸せだなってそう思ったんだ」
「…大ちゃん。でも、私、言ってないだけで
仕事嫌だって思った時、何回もあったよ。
まだまだ、ダメダメだよ」
「思ってもいいんだよ。
口に出さないで、毎日、コツコツ頑張っているんだから。それで十分。
これからは彼氏として、俺のことも支えて欲しい。
俺もななみのこと支えるから。…ななみ、好きだよ」
「大ちゃん、愛している」
「あ~!愛しているって先に言われた!」
そう言うと、私の体の向きを変え、抱きしめ直す。
「俺の方が、ななみのこと愛している…」
私は今まで素直に言えなかった気持ちを素直に言うことが出来た。もう我慢しなくてもいいんだよね?
今、『俺のこと、支えて欲しい』ってそういったよね?『好きだよ』って言ってくれたよね?本当に何とも言えない気持ちになっていたんだけど、そのなかで私は『愛している』って言葉を選んだの。今の私にとってその言葉が精一杯の表現だったんだよ。
やっと、やっと大ちゃんの彼女になれた。ずっと、この日を夢見ていた。大ちゃん、愛している。なんだか、心が温かい。ポカポカする。誰かに愛されるってこういうことなんだ。
『大ちゃんもそう思ってくれたかな?』私だけじゃなく、大ちゃんにもそう感じて欲しい。
これからよろしくね。
2018年7月…
大ちゃんと付き合うことになって数日が過ぎた。そういえば、大ちゃんの誕生日は6月だったなと思い出し、私は誕生日プレゼントを買うことにした。
『大ちゃんそう言えば、キーケース変えたいって言っていたな』
私は大ちゃんの好きなブランドを知っていたのでそのブランドのキーケースを探すことにした。Paul Smith。彼の好きなブランドだ。大ちゃんになぜPaul Smithが好きなのか、聞いたことがある。
***
「大ちゃんは何で“Paul Smith”が好きなの?」
「財布とかキーケースとか小物系が凄くオシャレなんだ。
必ずと言っていいほど虹色の刺繍が入っている。
そこがアクセントになっていて好きなんだよな。
虹ってさ、いろんな色が一緒になって現れるって言うか…
うまく表現できないけど、
色が重なり合っているのに嫌な色に見えないし、
逆にきれいに見えるだろう。
お互いの邪魔をしないで、対立もしないでかかっている虹を見ると、
仲間のことを思い出すんだ。
お互いいろんな個性・色を持っているのに対立せず、一緒に居る。
そこが似ているなーって思って虹が好きになった。
だから、Paul Smithで虹の刺繍を見た時、妙に惹かれちゃうんだよな。
俺、財布もキーチェーンもPaul Smithだしな」
確かに虹って、人間一人ひとりが持っている個性・色のようだ。全く色の違う人とだってなぜか意気投合して一緒に居るってことがある。
そんな感じのことを大ちゃんは言いたかったのかな?来週末、大ちゃんが会いに来てくれる。その時にサプライズしよう。そう思い、私は準備を進めた。
***
当日…
やはり大ちゃんはお仕事が忙しいみたいで、待っても、待っても連絡さえ来なかった。『仕事を早く切り上げて、ななみの家に行くから』と張り切っていたのに結局、私の家に彼が着いたのは夜中の2時。
眠たい目をこすりながら、大ちゃんを迎え入れた。
「大ちゃんお疲れ様」
「ななみもお疲れ!ごめんな、いつもいつも待たせて」
「いいけど、連絡ぐらい見てよね?」
「えっ!?連絡していたのか?マナーにしていて気づかなかった。(笑)」
「もー、笑い事じゃないよ!少しは反省して!」
「はいはい。まぁ今は一緒なんだからいいだろう。ななみ、会いたかった!」
そう言って無邪気に私に抱きつく彼。きっとこんなに無邪気で子どものように愛おしい彼の姿を見ることが出来るのは世界でたった一人。私だけなんだろうな…そう思いながら、私は彼の腕のなかで眠ってしまった。朝起きると、横に大ちゃんがすやすやと眠っている。とても愛おしい。今日は彼と一緒に1日過ごせるんだ…
しかし、やはり大ちゃんは昼になっても起きてくれなかった。(笑)相当疲れているんだろう。彼は死んだように、気持ちよさそうに、ずっと寝ている。『こんなんじゃまた、デートはお預けだな…』と思いながら、彼を起こすことなく横で見守っていた。
今日は誕生日プレゼントの他にもう一つサプライズを用意していた。ずっと前に大ちゃんとすることリストに書いた、キーマカレーの手料理を作っていた。
だけど、結局大ちゃんが寝ぼけながら起きたのは午後3時過ぎ。今日は帰りに職場によって仕事を進めなきゃいけないらしく、もう帰らなきゃいけないようだ。そんなに忙しいのに、来てくれて本当にありがとう。
こういうちょっとしたことでも私って大ちゃんに愛されているなって思うんだよ。
「はい、これ」
私はそう言ってプレゼントとタッパに詰めたキーマカレーを大ちゃんに手渡す。
「誕生日、遅くなっちゃったけどプレゼント。
こっちは今日の夜にでも食べてくれたらうれしいな」
「えっ…。ななみが選んでくれたの?」
「もちろん。喜んでくれるといいな!」
「今、開けていい?」
「いいよ」
私がそう言うと彼は勢いよく、プレゼントを開け始めて、キーケースを見た瞬間それはもう大喜びしてはしゃいでいた。
そしてすぐに、自分のキーチェーンから自分の家の鍵と私の家の合鍵を取り外し、キーケースへと付け直してくれた。
「一生大事にする!ななみありがとう。
ん?こっちはもしかしてキーマカレーか?」
「そうだよ!今日のお昼に作ったんだけど
誰かさんが全然起きないからさー。笑」
「だからごめんってばー。
帰ったら食うよ。ありがとな!!」
そう言って、キーマカレーも喜んでくれた。
「そうだ、大ちゃん?大ちゃんとすることリスト作ったの覚えいてる?」
「もちろん。これからも沢山増やして、
1つひとつ2人でクリアしてこうな!」
大ちゃんはそう言うと満面の笑みで嬉しそうに帰っていった。私は『することリスト覚えていてくれたんだ』と嬉しくて、あったかい気持ちになった。これから何があっても、この人と一緒に生きていくんだ。そう思った。
その夜、着信音が鳴り響く。大ちゃんからだ。
「もしもーし、ななみ?
キーマカレーめちゃくちゃ美味しかったよ!
一瞬で食べちゃったぁ」
「ほんと!安心した〜
大ちゃんが喜んでくれてうれしい」
「マジうまかった!また作ってな?
ななみはいい奥さんになるな!」
「えっ!本当?なな、いい奥さんになれるかな?」
「俺が保障する!
てか、ななみは俺の奥さんになるんだもんな?」
「うれしい。なな、大ちゃんの奥さんになる!
美味しい料理沢山作る!」
「ななみは本当にめんこいな♪
次は何作ってもらおうかな!!
そうだ!またやることリスト更新するか!」
「それ、いいね!ちょっと待っていて、
リスト表持ってくるから!」
そう言って、私は立ち上がった。
「お待たせ〜」
「おう!次に作ってもらいたいのはハンバーグ!」
「ハンバーグね♪いいよ~、メモしておくね!」
「あと俺な、ななみと国試の勉強を一緒にしたいなーって思っていたんだよ」
「お、いいね!!今回こそ合格しよう?」
「もちろん!頑張りたいからななみに教えて欲しいな」
「ななみ、教える能力ないけど大丈夫?」
「大丈夫だ。てか、モチベーションの問題かも。
ところでななみはしたいことないのか?」
「うーん。私はね、
大ちゃんと一緒にまたMACOちゃんのライブ行きたい!!」
「おぉーそれもいいな。
ななみ覚えているか?前一緒にライブ行ったの」
「えー、もちろんだよ!
すごく楽しかったからまた一緒に行きたいんだし〜」
「そうだな。俺もまたななみと行きたい。
というか、MACOのライブにはななみとしかもう一緒に行かない!!」
「じゃあ私も大ちゃんとしか行かないんだから!」
こんな会話をしているとまたまた長電話になってしまう。さっきまで会っていたばかりなのに、話は尽きることがない。
大ちゃんが私を奥さんにしてくれるって言ってくれた。とっても嬉しくて、『絶対に大ちゃんの奥さんになる!』そう意気込んでいた。
大ちゃんの声が聞ける電話が好きで、電話を切りたくない。
次はいつ電話できるんだろう。
次はいつ会えるんだろう。
と不安にならながらも、今、この時間を、この幸せを噛み締めていた…。少しずつ増えていく大ちゃんとのすることリスト。
『ハンバーグを作る』なんてちっぽけなことかもしれない。でも、2人にとっては一緒に叶えたい夢なんだと思う。遠距離だからこそ、大ちゃんとする1つ1つを大切にしていきたいと強く、そう思っていたんだよ。少しずつやりたいことを2人で叶えて、少しずつまたリストを更新してこうね。
佐々木さんとすることリスト
7.ハンバーグを作る
8.水族館にいく
9.温泉旅行にいく
10.漫画喫茶に行く
11.国試の勉強を一緒にする
12.MACOちゃんのライブに一緒に行く
その日からもっともっと仕事を頑張った。お互いシフト制の仕事でなかなか休みは合わない。住んでいる場所も近い訳でなく、仕事終わりに少し会うことも出来なかった。
会いたいと思う日もあった。
お互い、ラインや電話で会いたいと言い合った日もあった。
それでも、もう少し頑張れば会えるんだからと言い聞かせた。
~やっと~
2018年4月…
季節は流れて春を迎える。私は無事に国家試験に合格し、仲の良かったみんなと別れを告げ大学を卒業した。
新社会人として、札幌近郊の特別養護老人ホームで介護の仕事を始めた。ゆっくり、ゆっくりでいいんだ。待ってくれている人もいる。私が決めた道を歩み始めようとしていた。
しかし、慣れない環境のなか覚えることばかり…。自分が思っていた以上に仕事量は多く、時間に追われて毎日がヘトヘトだった。
一方で、指導者の阿部さんは、介護技術を細かく丁寧に教えて下さる。その熱意に応えようと必死に頑張っていた。阿部さんはいつも私に気を遣ってくれて、
「悩みとか聞きたいことあったら何でも話して」
「話しにくかったらロッカーにメモ置いていってもいいから」
そう言ってくれた。とても優しい先輩に出会えて、安心して働くことが出来ている。介護技術に乏しい私は、見様見真似で入居者の介助を行い、体で介護技術を覚えていった。2か月を過ぎる頃には1人でユニットを任されるまでに成長した。
大ちゃんとはあれ以来、前のように連絡を取り合えている。ひろとも今まで通り、友達として連絡を取り合っている。とても充実した日々を過ごしていた。
“ななみ、来週札幌行くんだけど会える?”
大ちゃんからのメッセージだ。私はシフトを確認し、“会えるよ”と返信した。4か月ぶりの大ちゃん。もう働き始めて3か月ちょっと経つんだな…。大ちゃんに会って、顔を見て話したい。考えるだけで楽しみになっていた。
1週間後…
今日は大ちゃんとの約束の日。私はやっぱり手際が悪く、仕事が終わらなくて大ちゃんを待たせてしまっていた。いつもより頑張ったのになかなかうまくいかないな…。そう思いながら仕事を終え、急いで大ちゃんのところへと向かった。
「ごめ~ん。お待たせ」
「ななみ、お疲れさま。気にするな!
ななみから“仕事が~”って聞けて安心してるよ」
「何それ。(笑)」
「褒めているんだよ。本当に生意気な奴め~」
そう言って、私の頬を軽くつねってくる。こんな平凡な会話が私にとってはとても幸せで、特別で、この幸せがずっと続きますようにとそう願った。
「あっ。大ちゃん!
急がないと飲み会に間に合わないよ。早く車乗って!」
「そうだ、そうだ!お願いします。
ところでななみの運転大丈夫なのか?」
「任せて!安全運転だから~」
「うゎ~めっちゃ怖い…」
「うるさーい!行くよ~」
この日は初めて、大ちゃんを助手席に乗せて私が運転をする。確かにペーパー歴が3年ちょっと、運転歴は3か月だけど、最近、バック駐車できるようになったし、大丈夫でしょう(笑)
二人でドライブするのはMACOちゃんのライブ以来かな?あの時と同じようにMACOちゃんの曲を流しながら大ちゃんを居酒屋まで送り届けた。
そして、私は家に帰り、明日、大ちゃんと遊べることを楽しみに寝ることにした。
♪ブーブーブーブー
着信音が鳴っている。眠たい目をこすり、スマホの画面を見る。夜中の3時過ぎ、こんな時間に大ちゃんから連絡が入った。
「ななみ、寒い。迎えに来て~」
という電話だった。帰りは漫画喫茶に泊まるって言っていたのに電話をかけてきた大ちゃん。これだから酔っぱらいは…と思いながらも重たい体を起こした。
愛おしい人からのお願いはなかなか断れない。いつも頼ってくれない大ちゃんが、『迎えに来て』と言ってくれるだけでなんだか嬉しい。大ちゃんが頼ってくれているようなそんな気がした。
迎えに行く頃には朝日が昇ろうとしていた。助手席には酔っ払って気分良さそうにニコニコしている大ちゃんが居る。
“ななみだいすき”
曇った窓ガラスに大ちゃんはそう書いた。『本当に調子がいいんだから…』と私たちは笑い合った。家に帰るとすぐ、大ちゃんは私のベッドに飛び込み、爆睡している。疲れているのに、こんなに飲んでくるなんて、本当にだらしないんだからと思いながらも私は大ちゃんのために用意した布団を隣に敷いてもう一度寝ることにした。
いつも離れ離れだった私にとってはとても愛おしい時間。夜中に起こされたって、大ちゃんが側にいる。それが嬉しくてたまらなかった。
「も~そろそろ起きないの~?お昼過ぎてるよ~」
「もうちょっとー」
そんなやり取りを何度も繰り返した。
なかなか起きない大ちゃんに呆れ、素直に大ちゃんが起きるのを待とうと、家事をしながら、たまに部屋を覗きながら待っていた。そして、やっと大ちゃんが起きた頃にはもう夕方になってしまっていた。
「も~せっかく会えたのに~。
もう大ちゃん帰らなきゃじゃん!」
「なんで、早く起こしてくれなかったんだよ~」
「何回も起こしたってば!」
「ななみのせいだからな~」
「からかわないでよ~もう酷い!」
「ごめん、ごめん。怒んなよ!
またすぐに会いに来るから」
そう言いながら大ちゃんは後ろから私に抱きついた。
「ちょっと、なにしてるのよ!」
「ななみ、今日からお付き合いしてくれないか?」
「えっ?」
「俺、ななみと付き合いたい!」
「待って、待って。
私まだちゃんと大人になれてないよ…」
「そうかもな」
「ほら、やっぱり、まだまだ時間かかるもん」
「そうだな。
でも、初めて出会った時のななみよりは、
大人に少しずつなってきていると思うよ」
「……」
私は何も言えず大ちゃんの腕を握りしめた。
「2月に会った時も、頑張れるようになってきたなって思っていた。
でも、『4月からまた新しい環境でどうなるかなー』って少し不安もあった。
働くのは学生とは全然違うから…。
また、『もう無理~』とか『辞めたい~』とかすぐ言うのかなって
思っていたけど、
ななみは一言も言わなかったよな?
逆に、『入居者にありがとうって言われた!』とか
『介助難しいけど今日はうまくできたよ』とか、
なんだか楽しそうに色々話してくれたよな?
俺、びっくりしたよ。
仕事初めて3か月、半年ってかなりきついはずなのに。
ななみに支えてもらっている入居者は幸せだなってそう思ったんだ」
「…大ちゃん。でも、私、言ってないだけで
仕事嫌だって思った時、何回もあったよ。
まだまだ、ダメダメだよ」
「思ってもいいんだよ。
口に出さないで、毎日、コツコツ頑張っているんだから。それで十分。
これからは彼氏として、俺のことも支えて欲しい。
俺もななみのこと支えるから。…ななみ、好きだよ」
「大ちゃん、愛している」
「あ~!愛しているって先に言われた!」
そう言うと、私の体の向きを変え、抱きしめ直す。
「俺の方が、ななみのこと愛している…」
私は今まで素直に言えなかった気持ちを素直に言うことが出来た。もう我慢しなくてもいいんだよね?
今、『俺のこと、支えて欲しい』ってそういったよね?『好きだよ』って言ってくれたよね?本当に何とも言えない気持ちになっていたんだけど、そのなかで私は『愛している』って言葉を選んだの。今の私にとってその言葉が精一杯の表現だったんだよ。
やっと、やっと大ちゃんの彼女になれた。ずっと、この日を夢見ていた。大ちゃん、愛している。なんだか、心が温かい。ポカポカする。誰かに愛されるってこういうことなんだ。
『大ちゃんもそう思ってくれたかな?』私だけじゃなく、大ちゃんにもそう感じて欲しい。
これからよろしくね。
2018年7月…
大ちゃんと付き合うことになって数日が過ぎた。そういえば、大ちゃんの誕生日は6月だったなと思い出し、私は誕生日プレゼントを買うことにした。
『大ちゃんそう言えば、キーケース変えたいって言っていたな』
私は大ちゃんの好きなブランドを知っていたのでそのブランドのキーケースを探すことにした。Paul Smith。彼の好きなブランドだ。大ちゃんになぜPaul Smithが好きなのか、聞いたことがある。
***
「大ちゃんは何で“Paul Smith”が好きなの?」
「財布とかキーケースとか小物系が凄くオシャレなんだ。
必ずと言っていいほど虹色の刺繍が入っている。
そこがアクセントになっていて好きなんだよな。
虹ってさ、いろんな色が一緒になって現れるって言うか…
うまく表現できないけど、
色が重なり合っているのに嫌な色に見えないし、
逆にきれいに見えるだろう。
お互いの邪魔をしないで、対立もしないでかかっている虹を見ると、
仲間のことを思い出すんだ。
お互いいろんな個性・色を持っているのに対立せず、一緒に居る。
そこが似ているなーって思って虹が好きになった。
だから、Paul Smithで虹の刺繍を見た時、妙に惹かれちゃうんだよな。
俺、財布もキーチェーンもPaul Smithだしな」
確かに虹って、人間一人ひとりが持っている個性・色のようだ。全く色の違う人とだってなぜか意気投合して一緒に居るってことがある。
そんな感じのことを大ちゃんは言いたかったのかな?来週末、大ちゃんが会いに来てくれる。その時にサプライズしよう。そう思い、私は準備を進めた。
***
当日…
やはり大ちゃんはお仕事が忙しいみたいで、待っても、待っても連絡さえ来なかった。『仕事を早く切り上げて、ななみの家に行くから』と張り切っていたのに結局、私の家に彼が着いたのは夜中の2時。
眠たい目をこすりながら、大ちゃんを迎え入れた。
「大ちゃんお疲れ様」
「ななみもお疲れ!ごめんな、いつもいつも待たせて」
「いいけど、連絡ぐらい見てよね?」
「えっ!?連絡していたのか?マナーにしていて気づかなかった。(笑)」
「もー、笑い事じゃないよ!少しは反省して!」
「はいはい。まぁ今は一緒なんだからいいだろう。ななみ、会いたかった!」
そう言って無邪気に私に抱きつく彼。きっとこんなに無邪気で子どものように愛おしい彼の姿を見ることが出来るのは世界でたった一人。私だけなんだろうな…そう思いながら、私は彼の腕のなかで眠ってしまった。朝起きると、横に大ちゃんがすやすやと眠っている。とても愛おしい。今日は彼と一緒に1日過ごせるんだ…
しかし、やはり大ちゃんは昼になっても起きてくれなかった。(笑)相当疲れているんだろう。彼は死んだように、気持ちよさそうに、ずっと寝ている。『こんなんじゃまた、デートはお預けだな…』と思いながら、彼を起こすことなく横で見守っていた。
今日は誕生日プレゼントの他にもう一つサプライズを用意していた。ずっと前に大ちゃんとすることリストに書いた、キーマカレーの手料理を作っていた。
だけど、結局大ちゃんが寝ぼけながら起きたのは午後3時過ぎ。今日は帰りに職場によって仕事を進めなきゃいけないらしく、もう帰らなきゃいけないようだ。そんなに忙しいのに、来てくれて本当にありがとう。
こういうちょっとしたことでも私って大ちゃんに愛されているなって思うんだよ。
「はい、これ」
私はそう言ってプレゼントとタッパに詰めたキーマカレーを大ちゃんに手渡す。
「誕生日、遅くなっちゃったけどプレゼント。
こっちは今日の夜にでも食べてくれたらうれしいな」
「えっ…。ななみが選んでくれたの?」
「もちろん。喜んでくれるといいな!」
「今、開けていい?」
「いいよ」
私がそう言うと彼は勢いよく、プレゼントを開け始めて、キーケースを見た瞬間それはもう大喜びしてはしゃいでいた。
そしてすぐに、自分のキーチェーンから自分の家の鍵と私の家の合鍵を取り外し、キーケースへと付け直してくれた。
「一生大事にする!ななみありがとう。
ん?こっちはもしかしてキーマカレーか?」
「そうだよ!今日のお昼に作ったんだけど
誰かさんが全然起きないからさー。笑」
「だからごめんってばー。
帰ったら食うよ。ありがとな!!」
そう言って、キーマカレーも喜んでくれた。
「そうだ、大ちゃん?大ちゃんとすることリスト作ったの覚えいてる?」
「もちろん。これからも沢山増やして、
1つひとつ2人でクリアしてこうな!」
大ちゃんはそう言うと満面の笑みで嬉しそうに帰っていった。私は『することリスト覚えていてくれたんだ』と嬉しくて、あったかい気持ちになった。これから何があっても、この人と一緒に生きていくんだ。そう思った。
その夜、着信音が鳴り響く。大ちゃんからだ。
「もしもーし、ななみ?
キーマカレーめちゃくちゃ美味しかったよ!
一瞬で食べちゃったぁ」
「ほんと!安心した〜
大ちゃんが喜んでくれてうれしい」
「マジうまかった!また作ってな?
ななみはいい奥さんになるな!」
「えっ!本当?なな、いい奥さんになれるかな?」
「俺が保障する!
てか、ななみは俺の奥さんになるんだもんな?」
「うれしい。なな、大ちゃんの奥さんになる!
美味しい料理沢山作る!」
「ななみは本当にめんこいな♪
次は何作ってもらおうかな!!
そうだ!またやることリスト更新するか!」
「それ、いいね!ちょっと待っていて、
リスト表持ってくるから!」
そう言って、私は立ち上がった。
「お待たせ〜」
「おう!次に作ってもらいたいのはハンバーグ!」
「ハンバーグね♪いいよ~、メモしておくね!」
「あと俺な、ななみと国試の勉強を一緒にしたいなーって思っていたんだよ」
「お、いいね!!今回こそ合格しよう?」
「もちろん!頑張りたいからななみに教えて欲しいな」
「ななみ、教える能力ないけど大丈夫?」
「大丈夫だ。てか、モチベーションの問題かも。
ところでななみはしたいことないのか?」
「うーん。私はね、
大ちゃんと一緒にまたMACOちゃんのライブ行きたい!!」
「おぉーそれもいいな。
ななみ覚えているか?前一緒にライブ行ったの」
「えー、もちろんだよ!
すごく楽しかったからまた一緒に行きたいんだし〜」
「そうだな。俺もまたななみと行きたい。
というか、MACOのライブにはななみとしかもう一緒に行かない!!」
「じゃあ私も大ちゃんとしか行かないんだから!」
こんな会話をしているとまたまた長電話になってしまう。さっきまで会っていたばかりなのに、話は尽きることがない。
大ちゃんが私を奥さんにしてくれるって言ってくれた。とっても嬉しくて、『絶対に大ちゃんの奥さんになる!』そう意気込んでいた。
大ちゃんの声が聞ける電話が好きで、電話を切りたくない。
次はいつ電話できるんだろう。
次はいつ会えるんだろう。
と不安にならながらも、今、この時間を、この幸せを噛み締めていた…。少しずつ増えていく大ちゃんとのすることリスト。
『ハンバーグを作る』なんてちっぽけなことかもしれない。でも、2人にとっては一緒に叶えたい夢なんだと思う。遠距離だからこそ、大ちゃんとする1つ1つを大切にしていきたいと強く、そう思っていたんだよ。少しずつやりたいことを2人で叶えて、少しずつまたリストを更新してこうね。
佐々木さんとすることリスト
7.ハンバーグを作る
8.水族館にいく
9.温泉旅行にいく
10.漫画喫茶に行く
11.国試の勉強を一緒にする
12.MACOちゃんのライブに一緒に行く
その日からもっともっと仕事を頑張った。お互いシフト制の仕事でなかなか休みは合わない。住んでいる場所も近い訳でなく、仕事終わりに少し会うことも出来なかった。
会いたいと思う日もあった。
お互い、ラインや電話で会いたいと言い合った日もあった。
それでも、もう少し頑張れば会えるんだからと言い聞かせた。