*私の好きな人
~新しい出会い~
それから大ちゃんとは少し話しやすくなった気がする。でも、月に1度くらい元気か尋ねるくらいで、ほぼ他人のような仲になってしまった。
最近の連絡は、いつも私からでもう大ちゃんからLINEが来ることはないと知った。最初よりとても気ごちないLINEに、一言だけ返ってくるLINE。2人の関係は前にも後ろにも進まない。強いて言えば、少しずつ後ろに引っ張られているような感覚だった。
一度、感じた幸せはどうしても忘れることは出来ない。忘れようとするが、毎日のように大ちゃんのことを考えて、毎日が寂しかった。
もう今年が終わる。実習、卒業論文、就職活動が終わり、残すは2月にある国家試験への勉強のみ。いろんなことが終わって、やっと国試に集中できると思っていたが、勉強はなかなかはかどらない。
ベッドに横になりながら、スマホをいじる。懐かしいと思い、大学1~2年の頃よくやっていた通話アプリが目に留まった。アプリを開き、早速、電話をかけるとすぐに沢山の人たちにつながった。2~3日アプリにハマってしまい、寂しさを紛らわすため夜通し電話をしていた。
『私ってこんなに寂しがり屋だったかな?』電話を切って寝ようとしても、大ちゃんのことを考え、寂しくなり寝付けない。中毒じゃないかと思うくらい、通話アプリで、見ず知らずの人たちに電話をかけ続けた。
『こんなの、全然楽しくない』
『こんなので、心のなかの何も埋まらない』
寂しさはどんどん大きくなるばかりだった。そんななか、ある一人の男性と知り合った。
「もしも~し!こんにちは!」
「こんにちは~はじめまして」
「何歳ですか?」
「21です」
「おっ。同い年かな?
私早生まれで1月に22なるんだけど、
一つ下かな?」
「いや、僕も早生まれで3月で22になります!」
「じゃあ~一緒じゃん!よろしくね!」
「あ、はい…」
ちょっとぎこちない彼。家柄がいいのか、謙虚で、ため口で良いよと何度も言ってるのにだんだん敬語に戻ってしまう。(笑)同い年なのに、聞き上手でとても話しやすかった。気づくと4時間もお喋りをしていた。
「あ、そろそろ勉強しなきゃ…」
「大学生だもんな。頑張って!」
「うん!試験落ちたら大学に行かせてもらったのに、
親に顔向けできないからね…」
「試験あるの?」
「うん!2月の頭に国家試験受けるんだ~」
「国試!?すげ~じゃん!
僕と話してる場合じゃないじゃんか!」
「そんなことないよ!
最近、全然勉強はかどらなくて、電話して気分転換してたんだ♪」
「そういうことか。それでさ、なな?
これからも良かったら気分転換に電話しない?」
「えっ!いいの!?するする~」
「じゃあ、番号言うからメモしてくれる?」
「うん。電話番号でLINE登録していいの?」
「あ、いや…僕LINEしてなくて…」
「まじ!?LINEやってないの?」
「はい。なので、この電話にかけて欲しい。
嫌だったら、無理しなくていいからね」
そういって、彼は電話を切った。『あ、名前を聞くの忘れた…』今度聞けばいいやと思い、とりあえず、私は彼の電話番号を登録した。
電話を切るとすぐ、大ちゃんのことを考えた。でも、電話をしているその時だけでも、なぜだか彼と話した間だけは少し気持ちが楽になるような気がした。その日から、私は電話番号を教えてくれた彼にときどき電話をかけるようになった。
―保坂 直弘(ほさか なおひろ)―
彼の名前だ。私と同い年。
私は“ひろ”と呼ぶようになった。
千葉県で鉄道関係の仕事をしている。
4人兄弟の3番目。
電話をするうちにひろの心に封じ込めている
悩みや辛い過去も知ることになった。
ひろの両親は離婚をしている。
離婚のきっかけの一つに、ひろの一番上の兄の自殺がある。
その出来事から、母親はうつ状態になり、喧嘩が増え家庭が崩壊していった。
ひろも1年くらいうつ状態で何もする気力が起きず、
家の中に引きこもっていた過去を語った。
ひろは自分が兄の変化に気づけなかったことを責めている。
離婚当初、ひろと2番目の兄は父親に、一番下の妹は母親に親権が渡ったが、
ひろは母親が心配でときどき電話をかけたり、
家に様子を見に行っているらしい。
とても、責任感が強く、家族思いで本当に温かい人だった。
「ひろは、なんで私に辛いこと話してくれたの?」
「ななと話してると、気持ちが楽になる。
今まで誰にも言えなかったことなのに、ななには言えたんだよな。
自分でもびっくりだし、あの時、涙すら出なかったのに、
ななには号泣しちゃった。かっこ悪いな~」
「かっこ悪くない!
ひろは本当に家族思いで心が優しい。
だから、自分のせいでとか、自分も辛いのにしっかりしなきゃって
泣くの我慢してたんだよ。ひろは自分に厳しすぎる。
自分を許してあげて、認めてあげないとひろが可哀そうだよ。
辛いときは辛いって言っていいんだからね」
「なな、ありがとう」
ひろは昔、泣き虫だったのかな。そう思うくらい大声で一生懸命泣いてた。
『それでいいんだよ、ひろ…』
それからもっと、もっと私はひろと仲良くなった。国試勉強をする私をひろは一番に励ましてくれた。時間があるときは、電話をつなぎながら夜遅くまで、朝は早くから勉強に付き合ってくれた。
国試1週間前…
電話をしているといきなりひろはカウントダウンを始めた。
「5・4・3・2・1」
♪ピンポーン
「えっ!?どういうこと?」
「いいから玄関のドア開けてきな!」
廉に言われるがまま、私は玄関のドアを開け、レターパックを受け取った。
“保坂直弘”
ひろからだ。そういえば、前、住所聞かれたっけ?急いで部屋に戻り、ひろに問いかける。
「ひろからだよ!何入ってるの?」
「もう手元にあるんだから、開けてみなよ(笑)そしたら分かるから」
そう言われ、私は封を開けた。
「御守り…?」
「正解!なな、頑張っているから学問の神様にお祈りしてきた」
「うれしい。ありがとう…。私頑張る!!」
ひろはいつも私がびっくりするようなサプライズが好きで、沢山驚かせてくれたよね。その度に私は大声で反応して、その反応を彼は楽しんでいるようだった。
2018年2月 国家試験当日…
私と澪ちゃんは国家試験のダブル受験するため、みんなより1日早く、前日の午後から精神保健福祉士の国家試験に臨んでいる。
今日は大学の同級生全員が社会福祉士の国家試験を受験する。1日かけて午前は共通科目、午後は専門科目となっている。大学の先生たちも応援に駆け付け、チョコレートとメッセージカードが配られた。
午前の科目が終わり、お昼休憩となる。同級生はほとんど同じ部屋で固まっていて、リラックスし、ご飯を食べていた。
私はスマホを手に取り、電源を入れ、ひろに午前の報告をしようとしていた。
…その時、スマホの画面には“佐々木大樹”の表示が出る。慌てて電話を取り、廊下へと出た。
「はい。もしもし?」
「ななみ?今、国試の会場に居る?」
「いるよ!どうしたの?」
大ちゃんはなんと国家試験に毎年のように落ち続けていて、今年も受験することになっていた。国家試験会場は札幌市内に2か所あり、同じ会場だとは思っていなかった。
「そうか。おれ、
高校の校舎で試験受けてんだけど、ななみは?」
「そうなの?私も高校の校舎だよ」
そういってあたりを見渡すと、2つ向こうの教室にスマホを耳に当てる見覚えのある男性が立っている。
「あっ…」
目が合った。大ちゃんだ…。2人は電話を切り、お互いに駆け寄る。
「大ちゃんもこの会場だったんだ」
「おう、もしかして、ななみ居るかなって思って。
ちょっとでいいから飯食いながら一緒に勉強しない?」
「えっ、あ、わかった。ちょっとテキスト持ってくるね」
本当は大ちゃんと話している場合ではないのは分かっていたが、久しぶりに大ちゃんと2人で話せると思うと断る選択肢はなかった。
私は急いで教室にテキストを取りに戻り、大ちゃんと座るスペースを探した。試験会場の教室から少し離れるとひと気のない場所へと出た。階段を上ると美術室があり、その前に丸テーブルと2脚の椅子がちょうどよく置かれていた。
「よし、ここにするか!」
不思議と緊張はなく、自然と喋れた。そして、お互いにテキストの中から問題を出し合っていた。
「ななみさ、夏に会ってから気まずくなった?」
「そんなことないよ。
今は、そんなことより国試でしょ?」
「いや、はっきりさせておきたい。
優香になんか言われたのか?」
「だから…」
こんな時に本当に嫌なことを聞いてくる。今はなんとしてでも国試に合格したいのに〜。タイミング考えてよ!そう思っていた。
「それだけでいい、
それだけ教えてくれないか?」
「気まずいとかそういうんじゃないって!
優香さんは何も関係ないってば!」
「そうなのか。俺の勘違いか…」
そう言うと立ち上がり、私の手を引っ張り、壁に押し付けられた。
「ちょっと痛いって…」
「俺はななみのこと諦めてないから。ななみが俺を避けても、
俺はななみと縁を切るつもりないから」
「なんで?
連絡してこないのは大ちゃんの方でしょ。私は避けてない。
大ちゃんが嘘ついたんでしょ?
私だってまだ諦め切れないよ…
私のこと好きって言ったのに、他の女の子と会ってるし、
大人になれってだけ言って…
私がどうなれば大ちゃんの彼女になれるの?
大ちゃんの基準も、求めてることも
なんも分かんないよ…。」
「…そうか。ななみ、ごめん。来週時間作れるか?
一回会って話したい。また、連絡する」
力が抜け、床に腰を落とした。私の悪い癖だ。ついカッとなって言い過ぎてしまう…。
ゆっくりと試験会場の教室に戻る。午後の科目は、頭がボーっとしてあまり良く覚えてない。試験終了の掛け声でペンを置き、『やっと終わった~』と緊張感から一気に解放され、クラスのみんなに笑顔が戻った。長い、長い自分との戦いがやっと終わりを迎えたのだ。
試験が終わり、再びひろに報告しようとスマホに電源を入れた。しかし、大ちゃんからまた連絡が来ていた。
“今度の日曜日、11時に札幌で待ってる”
行くのは少し憂鬱だった。国試が終わったのになぜか気分が上がらない…。大ちゃんは一体何を考えているのだろう。今更何の話があるのだろう。本当にいつも急で、すごい勢いで私を巻き込んでいく。心の整理などつく訳もなく、色々なことを考え、疲れて頭がボーっとしてしまう。
「もしもーし、もしもし?…なな?
お~い、聞こえてる?」
「あっ!はい、はい。聞こえてるよ!
ごめん、ボーっとしちゃってた」
「どうした?国試終わったのに元気ないな。
何かあった?」
「うんうん!ごめん、ひろ。本当になんもないよ?」
「そうか。前、僕の話聞いてくれたから、今度は僕がななの話聞くよ。」
本当にひろは良い人だな。私の変化にも気づいてくれて…
「ありがとう、ひろ」
「いいよ。もし話したくなったら話してな。
そうだ、話変わるけどななは卒業旅行とか行くの~?」
「うん!行くよ!!仲良しの澪ちゃんと2人で横浜行くんだ~♪」
「ほぉ~。いいじゃん!中華街行ったりかな?
…いつ行くの?」
「そうそう!
澪ちゃん今、就活してるから終わってからかな?」
「そっか。澪ちゃんも頑張ってんだな~」
「澪ちゃんはいつも一個一個、常に頑張ってるからね!」
「すごいな~…なぁ、なな?
横浜くる日にもよるんだけど、日にちあったら少し会えないかな?」
「えっ!?ひろに会えるの?ひろ会ってくれるの?」
「ううん。会いたいなと…。ダメかな?」
「ダメじゃない!
私もひろに会ってみたかったんだ!
ひろってどんな人なんだろうって!」
「いや~、外見は自信ないな…」
「外見とか気にしないし、
私はひろと会って、お話しできれば十分!」
「よかった~
そんなに喜んでくれるとは思っていなかった!」
そう、ひろとは話していて楽しいし、どんな人か気になっていた。御守りももらったし、お礼もしたかった。少し、大ちゃんのことは気になったが、別にちょっと会うだけだし、好きとかそういう感情じゃないし。それに、大ちゃんが私のこと好きなのか、まだ本当か疑ってしまっている自分がいたからだ。
ひろと話していると、気持ちが楽になる。弱い私は、きっとひろに寄りかかってしまっているのかもしれない…。うすうす気づいてはいたけれど、知らないふりをするしかできなかった。
~新しい出会い~
それから大ちゃんとは少し話しやすくなった気がする。でも、月に1度くらい元気か尋ねるくらいで、ほぼ他人のような仲になってしまった。
最近の連絡は、いつも私からでもう大ちゃんからLINEが来ることはないと知った。最初よりとても気ごちないLINEに、一言だけ返ってくるLINE。2人の関係は前にも後ろにも進まない。強いて言えば、少しずつ後ろに引っ張られているような感覚だった。
一度、感じた幸せはどうしても忘れることは出来ない。忘れようとするが、毎日のように大ちゃんのことを考えて、毎日が寂しかった。
もう今年が終わる。実習、卒業論文、就職活動が終わり、残すは2月にある国家試験への勉強のみ。いろんなことが終わって、やっと国試に集中できると思っていたが、勉強はなかなかはかどらない。
ベッドに横になりながら、スマホをいじる。懐かしいと思い、大学1~2年の頃よくやっていた通話アプリが目に留まった。アプリを開き、早速、電話をかけるとすぐに沢山の人たちにつながった。2~3日アプリにハマってしまい、寂しさを紛らわすため夜通し電話をしていた。
『私ってこんなに寂しがり屋だったかな?』電話を切って寝ようとしても、大ちゃんのことを考え、寂しくなり寝付けない。中毒じゃないかと思うくらい、通話アプリで、見ず知らずの人たちに電話をかけ続けた。
『こんなの、全然楽しくない』
『こんなので、心のなかの何も埋まらない』
寂しさはどんどん大きくなるばかりだった。そんななか、ある一人の男性と知り合った。
「もしも~し!こんにちは!」
「こんにちは~はじめまして」
「何歳ですか?」
「21です」
「おっ。同い年かな?
私早生まれで1月に22なるんだけど、
一つ下かな?」
「いや、僕も早生まれで3月で22になります!」
「じゃあ~一緒じゃん!よろしくね!」
「あ、はい…」
ちょっとぎこちない彼。家柄がいいのか、謙虚で、ため口で良いよと何度も言ってるのにだんだん敬語に戻ってしまう。(笑)同い年なのに、聞き上手でとても話しやすかった。気づくと4時間もお喋りをしていた。
「あ、そろそろ勉強しなきゃ…」
「大学生だもんな。頑張って!」
「うん!試験落ちたら大学に行かせてもらったのに、
親に顔向けできないからね…」
「試験あるの?」
「うん!2月の頭に国家試験受けるんだ~」
「国試!?すげ~じゃん!
僕と話してる場合じゃないじゃんか!」
「そんなことないよ!
最近、全然勉強はかどらなくて、電話して気分転換してたんだ♪」
「そういうことか。それでさ、なな?
これからも良かったら気分転換に電話しない?」
「えっ!いいの!?するする~」
「じゃあ、番号言うからメモしてくれる?」
「うん。電話番号でLINE登録していいの?」
「あ、いや…僕LINEしてなくて…」
「まじ!?LINEやってないの?」
「はい。なので、この電話にかけて欲しい。
嫌だったら、無理しなくていいからね」
そういって、彼は電話を切った。『あ、名前を聞くの忘れた…』今度聞けばいいやと思い、とりあえず、私は彼の電話番号を登録した。
電話を切るとすぐ、大ちゃんのことを考えた。でも、電話をしているその時だけでも、なぜだか彼と話した間だけは少し気持ちが楽になるような気がした。その日から、私は電話番号を教えてくれた彼にときどき電話をかけるようになった。
―保坂 直弘(ほさか なおひろ)―
彼の名前だ。私と同い年。
私は“ひろ”と呼ぶようになった。
千葉県で鉄道関係の仕事をしている。
4人兄弟の3番目。
電話をするうちにひろの心に封じ込めている
悩みや辛い過去も知ることになった。
ひろの両親は離婚をしている。
離婚のきっかけの一つに、ひろの一番上の兄の自殺がある。
その出来事から、母親はうつ状態になり、喧嘩が増え家庭が崩壊していった。
ひろも1年くらいうつ状態で何もする気力が起きず、
家の中に引きこもっていた過去を語った。
ひろは自分が兄の変化に気づけなかったことを責めている。
離婚当初、ひろと2番目の兄は父親に、一番下の妹は母親に親権が渡ったが、
ひろは母親が心配でときどき電話をかけたり、
家に様子を見に行っているらしい。
とても、責任感が強く、家族思いで本当に温かい人だった。
「ひろは、なんで私に辛いこと話してくれたの?」
「ななと話してると、気持ちが楽になる。
今まで誰にも言えなかったことなのに、ななには言えたんだよな。
自分でもびっくりだし、あの時、涙すら出なかったのに、
ななには号泣しちゃった。かっこ悪いな~」
「かっこ悪くない!
ひろは本当に家族思いで心が優しい。
だから、自分のせいでとか、自分も辛いのにしっかりしなきゃって
泣くの我慢してたんだよ。ひろは自分に厳しすぎる。
自分を許してあげて、認めてあげないとひろが可哀そうだよ。
辛いときは辛いって言っていいんだからね」
「なな、ありがとう」
ひろは昔、泣き虫だったのかな。そう思うくらい大声で一生懸命泣いてた。
『それでいいんだよ、ひろ…』
それからもっと、もっと私はひろと仲良くなった。国試勉強をする私をひろは一番に励ましてくれた。時間があるときは、電話をつなぎながら夜遅くまで、朝は早くから勉強に付き合ってくれた。
国試1週間前…
電話をしているといきなりひろはカウントダウンを始めた。
「5・4・3・2・1」
♪ピンポーン
「えっ!?どういうこと?」
「いいから玄関のドア開けてきな!」
廉に言われるがまま、私は玄関のドアを開け、レターパックを受け取った。
“保坂直弘”
ひろからだ。そういえば、前、住所聞かれたっけ?急いで部屋に戻り、ひろに問いかける。
「ひろからだよ!何入ってるの?」
「もう手元にあるんだから、開けてみなよ(笑)そしたら分かるから」
そう言われ、私は封を開けた。
「御守り…?」
「正解!なな、頑張っているから学問の神様にお祈りしてきた」
「うれしい。ありがとう…。私頑張る!!」
ひろはいつも私がびっくりするようなサプライズが好きで、沢山驚かせてくれたよね。その度に私は大声で反応して、その反応を彼は楽しんでいるようだった。
2018年2月 国家試験当日…
私と澪ちゃんは国家試験のダブル受験するため、みんなより1日早く、前日の午後から精神保健福祉士の国家試験に臨んでいる。
今日は大学の同級生全員が社会福祉士の国家試験を受験する。1日かけて午前は共通科目、午後は専門科目となっている。大学の先生たちも応援に駆け付け、チョコレートとメッセージカードが配られた。
午前の科目が終わり、お昼休憩となる。同級生はほとんど同じ部屋で固まっていて、リラックスし、ご飯を食べていた。
私はスマホを手に取り、電源を入れ、ひろに午前の報告をしようとしていた。
…その時、スマホの画面には“佐々木大樹”の表示が出る。慌てて電話を取り、廊下へと出た。
「はい。もしもし?」
「ななみ?今、国試の会場に居る?」
「いるよ!どうしたの?」
大ちゃんはなんと国家試験に毎年のように落ち続けていて、今年も受験することになっていた。国家試験会場は札幌市内に2か所あり、同じ会場だとは思っていなかった。
「そうか。おれ、
高校の校舎で試験受けてんだけど、ななみは?」
「そうなの?私も高校の校舎だよ」
そういってあたりを見渡すと、2つ向こうの教室にスマホを耳に当てる見覚えのある男性が立っている。
「あっ…」
目が合った。大ちゃんだ…。2人は電話を切り、お互いに駆け寄る。
「大ちゃんもこの会場だったんだ」
「おう、もしかして、ななみ居るかなって思って。
ちょっとでいいから飯食いながら一緒に勉強しない?」
「えっ、あ、わかった。ちょっとテキスト持ってくるね」
本当は大ちゃんと話している場合ではないのは分かっていたが、久しぶりに大ちゃんと2人で話せると思うと断る選択肢はなかった。
私は急いで教室にテキストを取りに戻り、大ちゃんと座るスペースを探した。試験会場の教室から少し離れるとひと気のない場所へと出た。階段を上ると美術室があり、その前に丸テーブルと2脚の椅子がちょうどよく置かれていた。
「よし、ここにするか!」
不思議と緊張はなく、自然と喋れた。そして、お互いにテキストの中から問題を出し合っていた。
「ななみさ、夏に会ってから気まずくなった?」
「そんなことないよ。
今は、そんなことより国試でしょ?」
「いや、はっきりさせておきたい。
優香になんか言われたのか?」
「だから…」
こんな時に本当に嫌なことを聞いてくる。今はなんとしてでも国試に合格したいのに〜。タイミング考えてよ!そう思っていた。
「それだけでいい、
それだけ教えてくれないか?」
「気まずいとかそういうんじゃないって!
優香さんは何も関係ないってば!」
「そうなのか。俺の勘違いか…」
そう言うと立ち上がり、私の手を引っ張り、壁に押し付けられた。
「ちょっと痛いって…」
「俺はななみのこと諦めてないから。ななみが俺を避けても、
俺はななみと縁を切るつもりないから」
「なんで?
連絡してこないのは大ちゃんの方でしょ。私は避けてない。
大ちゃんが嘘ついたんでしょ?
私だってまだ諦め切れないよ…
私のこと好きって言ったのに、他の女の子と会ってるし、
大人になれってだけ言って…
私がどうなれば大ちゃんの彼女になれるの?
大ちゃんの基準も、求めてることも
なんも分かんないよ…。」
「…そうか。ななみ、ごめん。来週時間作れるか?
一回会って話したい。また、連絡する」
力が抜け、床に腰を落とした。私の悪い癖だ。ついカッとなって言い過ぎてしまう…。
ゆっくりと試験会場の教室に戻る。午後の科目は、頭がボーっとしてあまり良く覚えてない。試験終了の掛け声でペンを置き、『やっと終わった~』と緊張感から一気に解放され、クラスのみんなに笑顔が戻った。長い、長い自分との戦いがやっと終わりを迎えたのだ。
試験が終わり、再びひろに報告しようとスマホに電源を入れた。しかし、大ちゃんからまた連絡が来ていた。
“今度の日曜日、11時に札幌で待ってる”
行くのは少し憂鬱だった。国試が終わったのになぜか気分が上がらない…。大ちゃんは一体何を考えているのだろう。今更何の話があるのだろう。本当にいつも急で、すごい勢いで私を巻き込んでいく。心の整理などつく訳もなく、色々なことを考え、疲れて頭がボーっとしてしまう。
「もしもーし、もしもし?…なな?
お~い、聞こえてる?」
「あっ!はい、はい。聞こえてるよ!
ごめん、ボーっとしちゃってた」
「どうした?国試終わったのに元気ないな。
何かあった?」
「うんうん!ごめん、ひろ。本当になんもないよ?」
「そうか。前、僕の話聞いてくれたから、今度は僕がななの話聞くよ。」
本当にひろは良い人だな。私の変化にも気づいてくれて…
「ありがとう、ひろ」
「いいよ。もし話したくなったら話してな。
そうだ、話変わるけどななは卒業旅行とか行くの~?」
「うん!行くよ!!仲良しの澪ちゃんと2人で横浜行くんだ~♪」
「ほぉ~。いいじゃん!中華街行ったりかな?
…いつ行くの?」
「そうそう!
澪ちゃん今、就活してるから終わってからかな?」
「そっか。澪ちゃんも頑張ってんだな~」
「澪ちゃんはいつも一個一個、常に頑張ってるからね!」
「すごいな~…なぁ、なな?
横浜くる日にもよるんだけど、日にちあったら少し会えないかな?」
「えっ!?ひろに会えるの?ひろ会ってくれるの?」
「ううん。会いたいなと…。ダメかな?」
「ダメじゃない!
私もひろに会ってみたかったんだ!
ひろってどんな人なんだろうって!」
「いや~、外見は自信ないな…」
「外見とか気にしないし、
私はひろと会って、お話しできれば十分!」
「よかった~
そんなに喜んでくれるとは思っていなかった!」
そう、ひろとは話していて楽しいし、どんな人か気になっていた。御守りももらったし、お礼もしたかった。少し、大ちゃんのことは気になったが、別にちょっと会うだけだし、好きとかそういう感情じゃないし。それに、大ちゃんが私のこと好きなのか、まだ本当か疑ってしまっている自分がいたからだ。
ひろと話していると、気持ちが楽になる。弱い私は、きっとひろに寄りかかってしまっているのかもしれない…。うすうす気づいてはいたけれど、知らないふりをするしかできなかった。