*片想い
~初デート~
「なな~、何の音楽聞いてんの?」
「ん~?MACOちゃんっていう
アーティストの曲だよ~」
「誰それ~。知らないな。
ななはいつも恋愛系の曲ばっかだけど、
今回もそんな感じ?」
「恋愛系が多いかな・・・」
「やっぱりまた~。もっと明るい曲聞きなよ~」
「いいの!MACOちゃんに今ははまってんの~、
澪ちゃんはじゃあ誰の曲聞いてるのよ~」
「色々聞いてるかな~。
今度は誰の影響でMACO聴き始めたのさ〜?」
澪ちゃんがニヤニヤしながら問いかけてきた。澪ちゃんは相変わらず鋭い…。私が人に影響されやすいのもお見通しだ。
「誰だっていいじゃん!」
「やっぱり(笑)」
「なな、もしかして好きな人できた?」
「いやいや。できてないよ~」
「ウソ!だって最近、
よくスマホ見て誰かと嬉しそうにラインしてるじゃん。
本当に分かりやす過ぎる。
もしかして、実習先の人じゃないよね?
前、ラインでスタンプ送ってきた人!」
ここまでお見通しとは澪ちゃんはエスパー?複雑な気持ちの中、澪ちゃんには私の気持ちを打ち明けることにした。
「うぅぅ・・・参りました。
そうだよ。前ラインきた人にMACOちゃんの歌を教えてもらった。
あ、でも好きとかそういうんじゃないもん!」
「好きなんでしょ。嘘つかなくていいよ。
無為になってるところが
もう完全に好きってことじゃん(笑)
いいんじゃない?誰のこと好きになったって。
ななの話聞いてると
その人悪そうな人じゃないし。
出会った場所が
たまたま実習先だったってだけでしょう?
実習はもう終わってるし、
実習中に変なことになった訳でもないんだから」
「澪ちゃん…」
「私はいいと思うけど。
ななが前に付き合ってた人よりは~」
澪ちゃんはそう言って、私が閉じ込めていいた思いを認めてくれた。安心した私は、大樹さんのことがもしかしたら好きかもしれないということ、一緒にライブに行きたかったと電話で言ってくれたことを打ち明けた。澪ちゃんは少し楽しみながら、話を聞いているようだった。
「大樹さんだっけ?
そいつのこと好きじゃん。
本当に惚れっぽいんだから。
でも、そういうところ本当にかわいいのよ、ななは(笑)
大樹さんもライブに一緒に行きたかったとか、
ななに気があるに決まってる!」
「いやいや、そんなことないでしょ」
「いや、絶対気がある!
だって、実習で1ヵ月しか関わってなかった子だよ?
興味がなきゃライブなんて誘わないし、
ましてや、ラインとか電話なんてしないよ」
「でも、でも…」
「本当にバカ!
気がない子にそんな深く関わる人いる?
ななのこと、ほっとけないんだよ。
もし、大樹さんが
ななのこと好きじゃないのにそんな風に
ななに近づいているんだったら…、
私はその男のこと許せない!
私が一発殴ってやる!!」
「澪ちゃん…ありがとう」
私は澪ちゃんに思わず抱きついた。澪ちゃんは、笑いながら背中をポンポンと優しく叩いてくれた。
澪ちゃんはいつもいつも優しい。私が悩んでいる時も、私が何をしたって話を聞いてくれて、励ましてくれる。私はこんな優しい友達に出会えて幸せ。私も澪ちゃんのために何かしてあげたいし、もっともっと頼ってもらえるようになりたいなぁ…
『私の恋はもしかしたら片想いじゃないんだよね?」
澪ちゃんがそう言ってくれるとすごく自信が湧いてくる。待ってるだけじゃなくて、自分からも電話とか遊びに誘ってみようかな。
澪ちゃんがあの時、私の気持ちを聞いてくれたから、自分の気持ちを認めようと思えたんだよ。出会った場所が実習だっただけで、誰を好きになったっていいじゃんって認めてくれたからだよ。ありがとう。
その次の日…
「澪ちゃ~~~ん!!!大変、大変!」
「なな、どうした!?慌てて!」
「どうしよう。どうしよ~う」
「ちょっと、なな落ち着いてよ~」
***
30分前…
いつものように、急に電話が鳴った。
「は~い、ななです」
「なな?俺だけど、明日予定もう入ってる?」
「明日は~バイトもないし、何もなかったと思います。
大樹さんは仕事でしたか?」
「俺は明日休みだよ!
前言ってたMACOのライブなんだけど、
明日なんだよね!
それなのに一緒に行こうとしてたやつが
さっき家に来て、
熱が38.0℃あるから明日無理そうなんですって
具合悪そうな顔で言ってきたんだよね」
「えっ!もしかしてインフルエンザ?」
「そうかもしれないから、
病院行けよっては言ったんだけど
…なな、明日一緒に行かない?」
「……。へぇ?
ライブ一緒にいけるの?」
「やっぱ急には無理か?」
「いや、行きます!行きたいです!!」
「おう!よかった!
ななとライブ行けるなんて思ってなかったから
嬉しいわ…。
わるい、そんでさっき職場に
呼び出されたところだったから、
明日の詳しいことはラインするな?
じゃあ、また」
「あ、ちょっと」
…ガチャ
私の返答も聞かずに、大樹さんは電話を切った。『どういうこと?』頭が真っ白になり、身体はビクともせず、動かすことができない。だんだんと状況を理解でき、現実を受け止めていく。
『どうしよう。あした?
明日って言ったよね?MACOちゃんのライブ、
私と行くって言ってたよね?』
まだ頭が混乱しているなか、1通のラインが届いた。
“明日、12時くらいに旭川駅集合。
ライブは18時からだけど、
会場向かいながらどっかで昼めし食おう。
時間あったら、
俺、ななとキャッチボールしたい!
だからグローブ忘れるなよ!”
『これは…これはデートだよね…?
どうしよう。
あっ!澪ちゃんに電話しなきゃ!!』
***
こんな感じで今に至っている。
「なるほどね…。デートだよ!
初デート!よかったじゃん!」
「よかったんだよね?でも、明日だよ。
どうしよう。何着ればいいの?
も~こんなことなら
可愛い服買っておけばよかったぁ。」
「ななはいつも可愛い服着てるよ?
落ち着いてってば!」
「どの服よ。どの服?」
「も~う、しょうがないな!
今からななの家行くから待ってて」
そう言うと、澪ちゃんまで電話を切ってしまった。その後、澪ちゃんは呆れた顔で家に来てくれた。タンスを開け、明日着ていく服を選び、コート、靴、アクセサリーまでコーディネートしてくれた。
澪ちゃんに助けられてばかりで頭が上がらない。『絶対明日可愛いって言わせてみせるね!』そう心で言いながら澪ちゃんに感謝していた。
2016年10月30日…
いよいよだ。いよいよ、デート?もう行くしかない!そう決心し、昨日準備した服を身にまとう。慣れないメークも早起きして頑張った。
外の空気はもうすっかり肌寒く、10月末なのにこの寒さは、さすが北海道だ。足早に駅に向かい、電車に乗る。電車は動き出し、一瞬だけ落ち着きを取り戻した気がしていた。
ちょうどその時だった。大樹さんからラインが届いた。
“なな、今朝早くに施設で亡くなった方がでた。
シフトの調整ミスで、
今日誰も相談員が居ないらしくて、
今から対応に行かなきゃいけなくなった。
誘っといて、すまん。
旭川でちょっと待っててくれるか?”
こんな時にそんなことある?正直そう思った。でも、仕方がない。大切な入居者様だもん。大樹さんの仕事に責任持っているところも好きだった。私は、ラインを返し、旭川で待つことにした。
しかし、遅い。遅すぎる。時計は14時を指している。家を出てもう5時間が経とうとしていた。仕事中でラインの返信もない。この調子で本当にMACOちゃんのライブに間に合うのだろうか。不安が募るなか、待つしかない状態が続く。
やっと連絡が取れたのは15時近くになっていた。電話で『今から準備をして
旭川に行ったらライブに間に合わない!』ということになり、私も急いで電車に乗り込み移動した。
こんなので無事に大樹さんと合流できるのか、MACOちゃんのライブに間に合うのか、更に大きくなる不安を抱える。電車を降り、大樹さんの車を待っていた。
少し待つと、見覚えのある車が一台止まった。助手席の窓を開け、早く車に乗るよう促された。
「大樹さん…」
久しぶりの再会なのにバタバタで、緊張はさほどしなかった。『お昼ごはんもキャッチボールも今日はお預けかな?』そう思いながら助手席に座った。私たちが合流できたのは、ライブ開始の1時間ちょっと前。
「なな、本当にごめんな。待たせた。
これじゃあライブに間に合うかも微妙だし」
「仕事は仕方がないですよ。
大樹さんが悪いわけじゃないし。
とりあえず、安全運転してください!」
「安全運転なんかしてられるかよ~。
絶対、間に合わせてみせる」
「や~私、死にたくないですよ~(笑)」
私は、クスッと笑った。
「やっと、笑った。
俺が誘っといて何時間も待たせたから怒ってんのかと思ってた。
てか、今日、
本当にななに会えるなんて思ってなかった。
来てくれてありがとうな」
一気に我に返り、再び緊張し始める。
『やば。私、大樹さんの車乗ってるじゃん。
2人きり?えっ。何話そう。
恥ずかしい。やばい~』
急に黙り込む私に、何か感じ取ったのだろう。大樹さんは笑った。
「そんな緊張するなって!
本当に分かりやすいんだから(笑)」
「へぇ?緊張なんてしてないですよ…
それより、MACOちゃんに会えるの
すごく楽しみです!
めっちゃ予習してきましたもん!」
「誤魔化し方も下手くそ(笑)
ほんとだな~。俺も楽しみだ。
もう既に楽しい…」
私は必死に隠した緊張もお見通しだった。大樹さんはいつもそうだ。恥ずかしいことを平気で言うんだから…。車の中で沢山話し、緊張もいつしか解けていった。大樹さんがものすごいスピードで飛ばしてくれたおかげで20分前に会場に到着することができて、なんとかライブには間に合いそうだ。
「早く行きましょ〜」
「なな、まって!
昨日のラインでキャッチボールしようって言ったやん」
「え~。ライブ間に合いませんよ?」
「少しだけなら大丈夫だって~」
「いやいや…」
私が止めても聞かない彼。大樹さんは自分のグローブとボールを持ち、
駐車場の端の方へ下がり始めた。私も急いでグローブを手に取り、構える。
「行くぞ」
そういってボールを投げる。
「はーい。こっちも投げますよ〜。よいしょ!」
「おぉ、なないい球投げんじゃねーか!」
「だから、ななずっとソフトボールやってたって
言ったじゃんか〜。
まだ信じてないんですか?」
「いやいや、今のでやっと信じた!
よし、ライブ行くぞ!!」
「え、切り替え早い。。笑」
「相談員は切り替えも大事なんだぞー。
なな、俺の車にグローブ置いて行け。
また、会った時すぐキャッチボール
できるようにな」
私は言われるがままにグローブを大樹さんの車に乗せた。そして、ライブ会場へと向かう。本当に少しではあったが、大樹さんとやってみたいことがまた1つ叶った。
ギリギリまでキャッチボールをした結果、ライブ会場には猛ダッシュするはめになった。やっと辿り着いた会場の中は人でごった返している。後ろの方に並び、ホッとしたのは束の間。
MACOちゃんのライブが始まった。
私が知っている曲も、知らない曲も含め、沢山の曲を披露してくれた。MACOちゃんのライブも初めてだが、実は今までライブには一度も行ったことがない。生歌は人生初。CDで聞くより迫力があって、きれいな声だ。会場が一つになって盛り上がっている。
隣には好きな人がいる。会場は立ち見席でお客さんがいっぱい入っていて、隣との距離はだいぶ近く、押されることもあり、大樹さんに何度もぶつかりそうになる。いつもより大樹さんが近くに居て、ドキドキが止まらない。身長だってこんなに違かったんだ…。
久しぶりに見る横顔。車に乗っている時からずっと、何度も見てしまっていた。勝手に照れて、勝手にドキドキして、やっぱり好きなんだな…私。
あっという間にライブは終盤を迎える。『あぁ、もうちょっとでこの幸せな時間も終わっちゃうのか』…そう思っていた時、
♪~
聞きなれたイントロだ。そう思い、大樹さんを見上げる。すると、大樹さんも私の方を見ていた。今日初めて目が合った。
「HEROだな♪」
大樹さんは微笑み、私の耳元でつぶやいた。一気に耳元へ大樹さんが近づき、大樹さんに私のドキドキが聞こえてしまうのではないかと思うと自然と私の体は固まっていた。
その瞬間、涙が頬を伝った。
『大ちゃん、どうして私のこといつもドキドキさせるの?』あの頃の私は、あなたの行動にいつも驚かされていた。大ちゃんの無邪気な笑顔に癒されていたんだよ。たぶん、あの時の涙は、うれし涙だったと思うの。涙が出たのに嬉しくて、心がポカポカしてたの。
大ちゃんが愛おしいって。
一緒に居たいってそう思ったの。
初めて私に誰かを愛おしいって思う気持ちを教えてくれたのはあなただったんだよ。愛おしいってなんて表現したらいいんだろう。でも、本当に愛おしいってその言葉でしか言い表せられなかったんだよ…。
ライブ後、車に戻った私たちは、
もちろんMACOちゃんの話で盛り上がった。
一瞬、2人の間に沈黙が流れた…。
「なな、手握っていい?」
「…うん」
そう言って、大樹さんは私の手を握った。終電が迫るなかMACOちゃんの曲がかかる車内でお互いぬくもりを感じながら時間を過ごした。
~初デート~
「なな~、何の音楽聞いてんの?」
「ん~?MACOちゃんっていう
アーティストの曲だよ~」
「誰それ~。知らないな。
ななはいつも恋愛系の曲ばっかだけど、
今回もそんな感じ?」
「恋愛系が多いかな・・・」
「やっぱりまた~。もっと明るい曲聞きなよ~」
「いいの!MACOちゃんに今ははまってんの~、
澪ちゃんはじゃあ誰の曲聞いてるのよ~」
「色々聞いてるかな~。
今度は誰の影響でMACO聴き始めたのさ〜?」
澪ちゃんがニヤニヤしながら問いかけてきた。澪ちゃんは相変わらず鋭い…。私が人に影響されやすいのもお見通しだ。
「誰だっていいじゃん!」
「やっぱり(笑)」
「なな、もしかして好きな人できた?」
「いやいや。できてないよ~」
「ウソ!だって最近、
よくスマホ見て誰かと嬉しそうにラインしてるじゃん。
本当に分かりやす過ぎる。
もしかして、実習先の人じゃないよね?
前、ラインでスタンプ送ってきた人!」
ここまでお見通しとは澪ちゃんはエスパー?複雑な気持ちの中、澪ちゃんには私の気持ちを打ち明けることにした。
「うぅぅ・・・参りました。
そうだよ。前ラインきた人にMACOちゃんの歌を教えてもらった。
あ、でも好きとかそういうんじゃないもん!」
「好きなんでしょ。嘘つかなくていいよ。
無為になってるところが
もう完全に好きってことじゃん(笑)
いいんじゃない?誰のこと好きになったって。
ななの話聞いてると
その人悪そうな人じゃないし。
出会った場所が
たまたま実習先だったってだけでしょう?
実習はもう終わってるし、
実習中に変なことになった訳でもないんだから」
「澪ちゃん…」
「私はいいと思うけど。
ななが前に付き合ってた人よりは~」
澪ちゃんはそう言って、私が閉じ込めていいた思いを認めてくれた。安心した私は、大樹さんのことがもしかしたら好きかもしれないということ、一緒にライブに行きたかったと電話で言ってくれたことを打ち明けた。澪ちゃんは少し楽しみながら、話を聞いているようだった。
「大樹さんだっけ?
そいつのこと好きじゃん。
本当に惚れっぽいんだから。
でも、そういうところ本当にかわいいのよ、ななは(笑)
大樹さんもライブに一緒に行きたかったとか、
ななに気があるに決まってる!」
「いやいや、そんなことないでしょ」
「いや、絶対気がある!
だって、実習で1ヵ月しか関わってなかった子だよ?
興味がなきゃライブなんて誘わないし、
ましてや、ラインとか電話なんてしないよ」
「でも、でも…」
「本当にバカ!
気がない子にそんな深く関わる人いる?
ななのこと、ほっとけないんだよ。
もし、大樹さんが
ななのこと好きじゃないのにそんな風に
ななに近づいているんだったら…、
私はその男のこと許せない!
私が一発殴ってやる!!」
「澪ちゃん…ありがとう」
私は澪ちゃんに思わず抱きついた。澪ちゃんは、笑いながら背中をポンポンと優しく叩いてくれた。
澪ちゃんはいつもいつも優しい。私が悩んでいる時も、私が何をしたって話を聞いてくれて、励ましてくれる。私はこんな優しい友達に出会えて幸せ。私も澪ちゃんのために何かしてあげたいし、もっともっと頼ってもらえるようになりたいなぁ…
『私の恋はもしかしたら片想いじゃないんだよね?」
澪ちゃんがそう言ってくれるとすごく自信が湧いてくる。待ってるだけじゃなくて、自分からも電話とか遊びに誘ってみようかな。
澪ちゃんがあの時、私の気持ちを聞いてくれたから、自分の気持ちを認めようと思えたんだよ。出会った場所が実習だっただけで、誰を好きになったっていいじゃんって認めてくれたからだよ。ありがとう。
その次の日…
「澪ちゃ~~~ん!!!大変、大変!」
「なな、どうした!?慌てて!」
「どうしよう。どうしよ~う」
「ちょっと、なな落ち着いてよ~」
***
30分前…
いつものように、急に電話が鳴った。
「は~い、ななです」
「なな?俺だけど、明日予定もう入ってる?」
「明日は~バイトもないし、何もなかったと思います。
大樹さんは仕事でしたか?」
「俺は明日休みだよ!
前言ってたMACOのライブなんだけど、
明日なんだよね!
それなのに一緒に行こうとしてたやつが
さっき家に来て、
熱が38.0℃あるから明日無理そうなんですって
具合悪そうな顔で言ってきたんだよね」
「えっ!もしかしてインフルエンザ?」
「そうかもしれないから、
病院行けよっては言ったんだけど
…なな、明日一緒に行かない?」
「……。へぇ?
ライブ一緒にいけるの?」
「やっぱ急には無理か?」
「いや、行きます!行きたいです!!」
「おう!よかった!
ななとライブ行けるなんて思ってなかったから
嬉しいわ…。
わるい、そんでさっき職場に
呼び出されたところだったから、
明日の詳しいことはラインするな?
じゃあ、また」
「あ、ちょっと」
…ガチャ
私の返答も聞かずに、大樹さんは電話を切った。『どういうこと?』頭が真っ白になり、身体はビクともせず、動かすことができない。だんだんと状況を理解でき、現実を受け止めていく。
『どうしよう。あした?
明日って言ったよね?MACOちゃんのライブ、
私と行くって言ってたよね?』
まだ頭が混乱しているなか、1通のラインが届いた。
“明日、12時くらいに旭川駅集合。
ライブは18時からだけど、
会場向かいながらどっかで昼めし食おう。
時間あったら、
俺、ななとキャッチボールしたい!
だからグローブ忘れるなよ!”
『これは…これはデートだよね…?
どうしよう。
あっ!澪ちゃんに電話しなきゃ!!』
***
こんな感じで今に至っている。
「なるほどね…。デートだよ!
初デート!よかったじゃん!」
「よかったんだよね?でも、明日だよ。
どうしよう。何着ればいいの?
も~こんなことなら
可愛い服買っておけばよかったぁ。」
「ななはいつも可愛い服着てるよ?
落ち着いてってば!」
「どの服よ。どの服?」
「も~う、しょうがないな!
今からななの家行くから待ってて」
そう言うと、澪ちゃんまで電話を切ってしまった。その後、澪ちゃんは呆れた顔で家に来てくれた。タンスを開け、明日着ていく服を選び、コート、靴、アクセサリーまでコーディネートしてくれた。
澪ちゃんに助けられてばかりで頭が上がらない。『絶対明日可愛いって言わせてみせるね!』そう心で言いながら澪ちゃんに感謝していた。
2016年10月30日…
いよいよだ。いよいよ、デート?もう行くしかない!そう決心し、昨日準備した服を身にまとう。慣れないメークも早起きして頑張った。
外の空気はもうすっかり肌寒く、10月末なのにこの寒さは、さすが北海道だ。足早に駅に向かい、電車に乗る。電車は動き出し、一瞬だけ落ち着きを取り戻した気がしていた。
ちょうどその時だった。大樹さんからラインが届いた。
“なな、今朝早くに施設で亡くなった方がでた。
シフトの調整ミスで、
今日誰も相談員が居ないらしくて、
今から対応に行かなきゃいけなくなった。
誘っといて、すまん。
旭川でちょっと待っててくれるか?”
こんな時にそんなことある?正直そう思った。でも、仕方がない。大切な入居者様だもん。大樹さんの仕事に責任持っているところも好きだった。私は、ラインを返し、旭川で待つことにした。
しかし、遅い。遅すぎる。時計は14時を指している。家を出てもう5時間が経とうとしていた。仕事中でラインの返信もない。この調子で本当にMACOちゃんのライブに間に合うのだろうか。不安が募るなか、待つしかない状態が続く。
やっと連絡が取れたのは15時近くになっていた。電話で『今から準備をして
旭川に行ったらライブに間に合わない!』ということになり、私も急いで電車に乗り込み移動した。
こんなので無事に大樹さんと合流できるのか、MACOちゃんのライブに間に合うのか、更に大きくなる不安を抱える。電車を降り、大樹さんの車を待っていた。
少し待つと、見覚えのある車が一台止まった。助手席の窓を開け、早く車に乗るよう促された。
「大樹さん…」
久しぶりの再会なのにバタバタで、緊張はさほどしなかった。『お昼ごはんもキャッチボールも今日はお預けかな?』そう思いながら助手席に座った。私たちが合流できたのは、ライブ開始の1時間ちょっと前。
「なな、本当にごめんな。待たせた。
これじゃあライブに間に合うかも微妙だし」
「仕事は仕方がないですよ。
大樹さんが悪いわけじゃないし。
とりあえず、安全運転してください!」
「安全運転なんかしてられるかよ~。
絶対、間に合わせてみせる」
「や~私、死にたくないですよ~(笑)」
私は、クスッと笑った。
「やっと、笑った。
俺が誘っといて何時間も待たせたから怒ってんのかと思ってた。
てか、今日、
本当にななに会えるなんて思ってなかった。
来てくれてありがとうな」
一気に我に返り、再び緊張し始める。
『やば。私、大樹さんの車乗ってるじゃん。
2人きり?えっ。何話そう。
恥ずかしい。やばい~』
急に黙り込む私に、何か感じ取ったのだろう。大樹さんは笑った。
「そんな緊張するなって!
本当に分かりやすいんだから(笑)」
「へぇ?緊張なんてしてないですよ…
それより、MACOちゃんに会えるの
すごく楽しみです!
めっちゃ予習してきましたもん!」
「誤魔化し方も下手くそ(笑)
ほんとだな~。俺も楽しみだ。
もう既に楽しい…」
私は必死に隠した緊張もお見通しだった。大樹さんはいつもそうだ。恥ずかしいことを平気で言うんだから…。車の中で沢山話し、緊張もいつしか解けていった。大樹さんがものすごいスピードで飛ばしてくれたおかげで20分前に会場に到着することができて、なんとかライブには間に合いそうだ。
「早く行きましょ〜」
「なな、まって!
昨日のラインでキャッチボールしようって言ったやん」
「え~。ライブ間に合いませんよ?」
「少しだけなら大丈夫だって~」
「いやいや…」
私が止めても聞かない彼。大樹さんは自分のグローブとボールを持ち、
駐車場の端の方へ下がり始めた。私も急いでグローブを手に取り、構える。
「行くぞ」
そういってボールを投げる。
「はーい。こっちも投げますよ〜。よいしょ!」
「おぉ、なないい球投げんじゃねーか!」
「だから、ななずっとソフトボールやってたって
言ったじゃんか〜。
まだ信じてないんですか?」
「いやいや、今のでやっと信じた!
よし、ライブ行くぞ!!」
「え、切り替え早い。。笑」
「相談員は切り替えも大事なんだぞー。
なな、俺の車にグローブ置いて行け。
また、会った時すぐキャッチボール
できるようにな」
私は言われるがままにグローブを大樹さんの車に乗せた。そして、ライブ会場へと向かう。本当に少しではあったが、大樹さんとやってみたいことがまた1つ叶った。
ギリギリまでキャッチボールをした結果、ライブ会場には猛ダッシュするはめになった。やっと辿り着いた会場の中は人でごった返している。後ろの方に並び、ホッとしたのは束の間。
MACOちゃんのライブが始まった。
私が知っている曲も、知らない曲も含め、沢山の曲を披露してくれた。MACOちゃんのライブも初めてだが、実は今までライブには一度も行ったことがない。生歌は人生初。CDで聞くより迫力があって、きれいな声だ。会場が一つになって盛り上がっている。
隣には好きな人がいる。会場は立ち見席でお客さんがいっぱい入っていて、隣との距離はだいぶ近く、押されることもあり、大樹さんに何度もぶつかりそうになる。いつもより大樹さんが近くに居て、ドキドキが止まらない。身長だってこんなに違かったんだ…。
久しぶりに見る横顔。車に乗っている時からずっと、何度も見てしまっていた。勝手に照れて、勝手にドキドキして、やっぱり好きなんだな…私。
あっという間にライブは終盤を迎える。『あぁ、もうちょっとでこの幸せな時間も終わっちゃうのか』…そう思っていた時、
♪~
聞きなれたイントロだ。そう思い、大樹さんを見上げる。すると、大樹さんも私の方を見ていた。今日初めて目が合った。
「HEROだな♪」
大樹さんは微笑み、私の耳元でつぶやいた。一気に耳元へ大樹さんが近づき、大樹さんに私のドキドキが聞こえてしまうのではないかと思うと自然と私の体は固まっていた。
その瞬間、涙が頬を伝った。
『大ちゃん、どうして私のこといつもドキドキさせるの?』あの頃の私は、あなたの行動にいつも驚かされていた。大ちゃんの無邪気な笑顔に癒されていたんだよ。たぶん、あの時の涙は、うれし涙だったと思うの。涙が出たのに嬉しくて、心がポカポカしてたの。
大ちゃんが愛おしいって。
一緒に居たいってそう思ったの。
初めて私に誰かを愛おしいって思う気持ちを教えてくれたのはあなただったんだよ。愛おしいってなんて表現したらいいんだろう。でも、本当に愛おしいってその言葉でしか言い表せられなかったんだよ…。
ライブ後、車に戻った私たちは、
もちろんMACOちゃんの話で盛り上がった。
一瞬、2人の間に沈黙が流れた…。
「なな、手握っていい?」
「…うん」
そう言って、大樹さんは私の手を握った。終電が迫るなかMACOちゃんの曲がかかる車内でお互いぬくもりを感じながら時間を過ごした。