*MY HERO
~私たちの関係~
2月に入り、私は仕事に復帰した。
私がやらせて貰えたのは、シーツ交換、食器洗い、掃除、備品整理など、入居者に直接関わらない仕事ばかりだった。たまに、介助に入らせてもらって少しずつ体を慣らしていく。
たった4か月仕事を離れていただけで、体は思うように動かない。体力も落ち、すぐに疲れてしまう。
「千葉さん、無理しないでよ?」
「千葉ちゃん、休憩しながらね!」
「千葉さん、そんなに一気に頑張らなくたって」
職場の人はみんな優しい。でも、復帰できたのに、職員や入居者の役に立てていない自分が嫌になる。何かしていないと不安で、不安で仕方がなくて動いていないと、働いているという実感が得られなかった。そんな毎日を送っていた。
一方で、大ちゃんは国家試験の勉強をしている。勉強会と言って、本当に私の家に来てくれた。いつも通り、態度は変わらない大ちゃんに、私ばかり焦ってしまう。でも、緊張は自然と解けて、気づけば熱心に勉強を教えていた。試験前日は私の家に泊まり込み、勉強にラストスパートをかけた。
久しぶりの再会。私たちの関係って友達に戻ったってことなのかな。そうなのかな。大ちゃんは私に触れることはなく、ただ、黙々と問題を解く。きっと今、大ちゃんに触れられたら断れない。
そう思う一方で、こんなに近くに好きな人がいるのに触れられないもどかしさも感じている。もう、抱きしめられて大ちゃんの匂い、温かさを感じることは出来ないんだ。やっと、後悔が私を襲ってきたのだ。そんなことを考えていると
「ななみ、なにぼーっとしてんの?
具合悪いか?」
「いやそんなことないよ。
ごめん、集中、しゅうちゅ…う」
私が話しているのをお構いなしに大ちゃんの手がおでこに触れる。私の体は一瞬にして固まった…
「熱はないな。疲れたら休んでいいぞ」
「うん、ありがとう!!」
大ちゃんが私に触れるだけで私はドキドキが止まらない。大ちゃんはただ心配してくれただけなのに。意識しているのは私だけなんだよね…。大ちゃんに別れを告げたのは私なのに、私が普通で居られない。
愛おしくて、本当に切ないのは何故なのだろう。全部自分がしてしまったことなのに…。もう過去は変えられないことを痛感した。
「大ちゃん、今日の夕飯なんだと思う?」
「えっ、ハンバーグ食べたい!」
「残念、もう買ってきちゃってた。(笑)」
「そうなのか?
あっ。もしかしてななみ、願掛けするつもり?」
「そう!正解。今日の夕飯は“カツ”だよー!」
「ななみ、そこまで俺のために…
ななみ、本当は俺のことまだ好きなんじゃねーの?(笑)」
「えっ、あ、そ、そんなことないもん!
友達でしょ?」
「本当にななみは分かりやすいな。(笑)」
大ちゃんは冗談で聞いて来たのかもしれないが、私の反応がぎこちなさ過ぎていつものようにバレてしまった。『そうだよ、まだ好きだよ』そう言いたかったけど、私が言える立場では絶対にない。自分を誤魔化す事しかできなかった。
「ななみ、はい、これ」
「これ、ななに??」
「そうだよ、開けてみて!!」
言われるがままに、大きくて長い箱を開けた。そこにはみたことのないくらい大きいチョコレートが入っていた。
「えっ!?すごくおっきい!
これをななに??でも、どうして?」
「驚いたか?
ななみ誕生日だっただろ!
俺が忘れるとでも思ったか?」
大ちゃんが私の誕生日を覚えててくれたなんて…。すごく嬉しくて、チョコレートを大きな口で頬張った。しかも、私がチョコレート好きって言ってたのも覚えててくれて…。
何気ない会話かもしれないけど、お互い、確実にお互いのことを知っていけてたんだね。その時、初めてそう思ったよ。
「ななみ?もし今回、国試に受かったら…
あ、やっぱり何でもない!忘れてくれ!」
大ちゃんはそう言いかけて、また勉強に戻ったよね。あの時何を言いかけたのか、正直なところは分からない。 でも、きっと『国試に受かったら、もう一度付き合って欲しい』って言おうとしていた気がした。
「行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい!頑張ってきてね!」
「頑張る!終わったら、連絡するな~」
そう言って、家を出て行った…。今年こそ国試受かりますように。私はそう願うことしかできない。でも、一緒に勉強頑張ったから大丈夫。一緒に勉強ができてうれしかったよ。
しかし、それっきり、待っても、待っても大ちゃんから連絡が来ることはなかった。『国試どうなったのかな?』そう言えば、職場を変えるって言っていたけど、『転職はうまくいったのだろうか?』連絡は3月に入っても来ることはなかった。
きっと、国試が終わって仕事に没頭しているんだと思っていた。それにしても心配しているのに、ラインでもいいから連絡くらい、ありがとうくらい、言えないものかね?私は頬を膨らまし、私から大ちゃんに連絡することにした。
“国試どうだった?”
すると、すぐ返信はきた。
“国試はダメだったけど、就職先は決まったよ!”
“そうだったんだ。お疲れ様”
“ありがとう”
…。そこで終わりにしておけばよかった。私はLINEする時間があるんじゃんと少しイラっとしてしまった。その勢いで余計なことを言ってしまった。
“大ちゃんはなんでそういう大事なこと早く教えてくれないの?
連絡するって言ったじゃん”
“忘れてた”
“私は良いけどさ、大ちゃん、
私の先輩にだって就活のこと手伝ってもらったのに。
先輩、大ちゃんが就職決まったか心配していたんだよ?
私は早く報告してほしかった!”
ピタリと返信が来なくなった。まだ話は終わっていないのに。モヤモヤする私。“ありがとう”の気持ちさえ言えないの?そう思ってイライラは次第に涙へと変わっていった。
言い過ぎただけなのに、なんで涙が止まらないんだろう。自分でも分からない。私が言いすぎてしまうのはいつものことなのに。一瞬で大ちゃんがまた遠くに行ってしまったようで、怖くなっていた。
今、考えれば少し分かる。その時、私の仕事はうまくいっていなかった。復帰して頑張っていたが、なぜか不安がいつも付きまとう。入居者の介助に自分からどんどん入っていきたい。でも、いざ介助にしていいよと言われると失敗しそうで、不安で手が震える。涙が溢れそうになる。病気は治ったと思っていたのに、そうではなかったのかもしれない。
最近は、また朝、起き上がれないこともある。吐き気に襲われて胸が気持ち悪い時もある。そんな自分が嫌で、受け入れることができていなかった。仕事のことも重なり、きっと自分が思っている以上に、気持ちは不安定になっていたのだと思う。
2日後、大ちゃんからの返信がきた。
“すまん。ななみとは価値観が違いすぎる。
なんで怒られるのかが分からない”
私はこんな返信求めていないよ…。
“こっちこそごめん、『先輩にも伝えといて』とか
『協力してくれてありがとう』とかそういう風に言って欲しかっただけ。”
“ななみは俺と居たら、ダメになる”
いやいや、待ってよ。私は正しいと思うことを言っただけなのに。大ちゃんは私の気持ち、いつも分かってくれた。大ちゃんが、自分と一緒に居たらダメになるなんて言うはずがない。
だって、『縁を切りたくない』って言っていたのは大ちゃんでしょ?さらに、心はモヤモヤする。涙を服でこすり過ぎて、顔は腫れあがっていく。あの時、大ちゃんがいつもと違うような気がした。
私は言い合いなんてしたくなかった。私は一体どうしたらいいの…。私と大ちゃんの距離は、少しずつ離れていっちゃうのかな。時間が経てば、何もかも変わってしまうんだろうか。
1ヶ月半後は、MACOちゃんのライブだ。大ちゃん覚えていますか?付き合っている時、
『絶対、一緒に行こうな』って
『MACOのライブは、ななみ以外と行きたくない』って
そう言っていたよね?すごく嬉しかったよ。
去年のライブは、大ちゃんと行くことが出来なかった。横を見ても大ちゃんは居なかった。周りのカップルは幸せそうに笑い合っていて、お揃いのTシャツを着て、手を繋いで…。私だって、MACOちゃんのライブは大ちゃんとしか行きたくないよ。次こそはって。やっと大ちゃんと行けると思っていたのに、もう一緒に行けないんだね。
モヤモヤした日が続いている。大ちゃんになんて言ったら許してもらえるのかも分からない。謝って済むことではないかもしれないが、私にはきっと謝ることしかできない。素直に謝れば、また会ってくれるのかな。
その日、大ちゃんのことを思って、手紙を書いた。
もう、会えないかもしれないけれど、大ちゃんに言いたかったけど伝えられなかった思いを、紙に書き始めた。
大ちゃんに言いたいこと
最初は実習生と指導する側の人。
私に社会人としてのことちゃんと教えてくれて、
怒ってくれて、ヒントをくれて。
だから、これからも良い関係、近い関係でいたい。
それは恋人としてなのかな…
恋人って他人じゃない。仕事の人でもない。
もっともっと近い2人で作る関係かな。
2人で考えたり、支えあったり、
分からなかったら大ちゃんに聞けば良いよね。
そしてちょっとずつ相手のことを知っていくの。
そうしたら、大ちゃんの考え、思いが自然と分かったり、感じ取れる。
私はもっと自分と向き合わなきゃいけないよね。
体調も崩しやすいし、すぐ寂しくなって人に寄りかかりたくなる。
私だけじゃなくてみんなもそうだと思う。
けど、私は甘い。社会のこと何も知らない。
今まで『よし、変わるぞ!』って思ったこと何度もあった。
でも、実はいつも夜になると寂しくなって電話相手を探していたの。
もう同じことはしたくない。私にはいつも見守ってくれる人がいる。
1人じゃなかったって分かったの。
『分かんない』『無理』って言葉を使わないように意識する。
自分が思ってること、考えてることは相手に伝えられるように
話す力を身に付ける。
少しずつ私のペース掴んでくよ。
大ちゃん、時にはまた大ちゃんに寄りかかるかもしれない。
『子ども』だなって思われるかもしれない。
その度にぶつかって、嫌だなって思うのかな。
その度に2人のこと、大ちゃんのこと考えていくんだよね。
大ちゃんの前ではいつも素直で、真っ直ぐでいたいよ。
これが今の私の思いなの。その手紙はきっと大ちゃんに渡すことはないが、一生懸命、自分の思いを書き続けた。
そうしているうちに自然と心の整理がついてきて、私は淡い期待を持ちながら、再び大ちゃんに連絡をすることにした。
“大ちゃんまた言いすぎてごめんなさい。
今月の28日のMACOちゃんのライブ一緒に行けますか?”
“おう。覚えていたよ。約束したよな。28日空けているよ。”
大ちゃんはいつもこうだ。私が真っ直ぐにぶつかって言い合いになったって次のLINEでは、何もなかったかのように話してくれて…。これが大人ってことなのかな…。そんな風にも思えた。
何度も一方的にぶつかりに行く私を彼は受け止めて、包んでくれる。この時初めて思ったことがあるの。
もっと、もっと大ちゃんに
『素直な自分で居たい』
『優しい自分で居たい』って。
素直に大ちゃんに私の気持ちを伝えたい。相談とか悩みを素直に打ち明けたい。
一方で、自分で気持ちのコントロールをできるようになって、すぐに言い過ぎないようにする。言い過ぎる前に一度立ち止まって考えることが出来るように穏やかで優しい自分で居たい。すぐにはできないのかもしれないけど、少しずつ私は成長していきたいって思うよ。
~私たちの関係~
2月に入り、私は仕事に復帰した。
私がやらせて貰えたのは、シーツ交換、食器洗い、掃除、備品整理など、入居者に直接関わらない仕事ばかりだった。たまに、介助に入らせてもらって少しずつ体を慣らしていく。
たった4か月仕事を離れていただけで、体は思うように動かない。体力も落ち、すぐに疲れてしまう。
「千葉さん、無理しないでよ?」
「千葉ちゃん、休憩しながらね!」
「千葉さん、そんなに一気に頑張らなくたって」
職場の人はみんな優しい。でも、復帰できたのに、職員や入居者の役に立てていない自分が嫌になる。何かしていないと不安で、不安で仕方がなくて動いていないと、働いているという実感が得られなかった。そんな毎日を送っていた。
一方で、大ちゃんは国家試験の勉強をしている。勉強会と言って、本当に私の家に来てくれた。いつも通り、態度は変わらない大ちゃんに、私ばかり焦ってしまう。でも、緊張は自然と解けて、気づけば熱心に勉強を教えていた。試験前日は私の家に泊まり込み、勉強にラストスパートをかけた。
久しぶりの再会。私たちの関係って友達に戻ったってことなのかな。そうなのかな。大ちゃんは私に触れることはなく、ただ、黙々と問題を解く。きっと今、大ちゃんに触れられたら断れない。
そう思う一方で、こんなに近くに好きな人がいるのに触れられないもどかしさも感じている。もう、抱きしめられて大ちゃんの匂い、温かさを感じることは出来ないんだ。やっと、後悔が私を襲ってきたのだ。そんなことを考えていると
「ななみ、なにぼーっとしてんの?
具合悪いか?」
「いやそんなことないよ。
ごめん、集中、しゅうちゅ…う」
私が話しているのをお構いなしに大ちゃんの手がおでこに触れる。私の体は一瞬にして固まった…
「熱はないな。疲れたら休んでいいぞ」
「うん、ありがとう!!」
大ちゃんが私に触れるだけで私はドキドキが止まらない。大ちゃんはただ心配してくれただけなのに。意識しているのは私だけなんだよね…。大ちゃんに別れを告げたのは私なのに、私が普通で居られない。
愛おしくて、本当に切ないのは何故なのだろう。全部自分がしてしまったことなのに…。もう過去は変えられないことを痛感した。
「大ちゃん、今日の夕飯なんだと思う?」
「えっ、ハンバーグ食べたい!」
「残念、もう買ってきちゃってた。(笑)」
「そうなのか?
あっ。もしかしてななみ、願掛けするつもり?」
「そう!正解。今日の夕飯は“カツ”だよー!」
「ななみ、そこまで俺のために…
ななみ、本当は俺のことまだ好きなんじゃねーの?(笑)」
「えっ、あ、そ、そんなことないもん!
友達でしょ?」
「本当にななみは分かりやすいな。(笑)」
大ちゃんは冗談で聞いて来たのかもしれないが、私の反応がぎこちなさ過ぎていつものようにバレてしまった。『そうだよ、まだ好きだよ』そう言いたかったけど、私が言える立場では絶対にない。自分を誤魔化す事しかできなかった。
「ななみ、はい、これ」
「これ、ななに??」
「そうだよ、開けてみて!!」
言われるがままに、大きくて長い箱を開けた。そこにはみたことのないくらい大きいチョコレートが入っていた。
「えっ!?すごくおっきい!
これをななに??でも、どうして?」
「驚いたか?
ななみ誕生日だっただろ!
俺が忘れるとでも思ったか?」
大ちゃんが私の誕生日を覚えててくれたなんて…。すごく嬉しくて、チョコレートを大きな口で頬張った。しかも、私がチョコレート好きって言ってたのも覚えててくれて…。
何気ない会話かもしれないけど、お互い、確実にお互いのことを知っていけてたんだね。その時、初めてそう思ったよ。
「ななみ?もし今回、国試に受かったら…
あ、やっぱり何でもない!忘れてくれ!」
大ちゃんはそう言いかけて、また勉強に戻ったよね。あの時何を言いかけたのか、正直なところは分からない。 でも、きっと『国試に受かったら、もう一度付き合って欲しい』って言おうとしていた気がした。
「行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい!頑張ってきてね!」
「頑張る!終わったら、連絡するな~」
そう言って、家を出て行った…。今年こそ国試受かりますように。私はそう願うことしかできない。でも、一緒に勉強頑張ったから大丈夫。一緒に勉強ができてうれしかったよ。
しかし、それっきり、待っても、待っても大ちゃんから連絡が来ることはなかった。『国試どうなったのかな?』そう言えば、職場を変えるって言っていたけど、『転職はうまくいったのだろうか?』連絡は3月に入っても来ることはなかった。
きっと、国試が終わって仕事に没頭しているんだと思っていた。それにしても心配しているのに、ラインでもいいから連絡くらい、ありがとうくらい、言えないものかね?私は頬を膨らまし、私から大ちゃんに連絡することにした。
“国試どうだった?”
すると、すぐ返信はきた。
“国試はダメだったけど、就職先は決まったよ!”
“そうだったんだ。お疲れ様”
“ありがとう”
…。そこで終わりにしておけばよかった。私はLINEする時間があるんじゃんと少しイラっとしてしまった。その勢いで余計なことを言ってしまった。
“大ちゃんはなんでそういう大事なこと早く教えてくれないの?
連絡するって言ったじゃん”
“忘れてた”
“私は良いけどさ、大ちゃん、
私の先輩にだって就活のこと手伝ってもらったのに。
先輩、大ちゃんが就職決まったか心配していたんだよ?
私は早く報告してほしかった!”
ピタリと返信が来なくなった。まだ話は終わっていないのに。モヤモヤする私。“ありがとう”の気持ちさえ言えないの?そう思ってイライラは次第に涙へと変わっていった。
言い過ぎただけなのに、なんで涙が止まらないんだろう。自分でも分からない。私が言いすぎてしまうのはいつものことなのに。一瞬で大ちゃんがまた遠くに行ってしまったようで、怖くなっていた。
今、考えれば少し分かる。その時、私の仕事はうまくいっていなかった。復帰して頑張っていたが、なぜか不安がいつも付きまとう。入居者の介助に自分からどんどん入っていきたい。でも、いざ介助にしていいよと言われると失敗しそうで、不安で手が震える。涙が溢れそうになる。病気は治ったと思っていたのに、そうではなかったのかもしれない。
最近は、また朝、起き上がれないこともある。吐き気に襲われて胸が気持ち悪い時もある。そんな自分が嫌で、受け入れることができていなかった。仕事のことも重なり、きっと自分が思っている以上に、気持ちは不安定になっていたのだと思う。
2日後、大ちゃんからの返信がきた。
“すまん。ななみとは価値観が違いすぎる。
なんで怒られるのかが分からない”
私はこんな返信求めていないよ…。
“こっちこそごめん、『先輩にも伝えといて』とか
『協力してくれてありがとう』とかそういう風に言って欲しかっただけ。”
“ななみは俺と居たら、ダメになる”
いやいや、待ってよ。私は正しいと思うことを言っただけなのに。大ちゃんは私の気持ち、いつも分かってくれた。大ちゃんが、自分と一緒に居たらダメになるなんて言うはずがない。
だって、『縁を切りたくない』って言っていたのは大ちゃんでしょ?さらに、心はモヤモヤする。涙を服でこすり過ぎて、顔は腫れあがっていく。あの時、大ちゃんがいつもと違うような気がした。
私は言い合いなんてしたくなかった。私は一体どうしたらいいの…。私と大ちゃんの距離は、少しずつ離れていっちゃうのかな。時間が経てば、何もかも変わってしまうんだろうか。
1ヶ月半後は、MACOちゃんのライブだ。大ちゃん覚えていますか?付き合っている時、
『絶対、一緒に行こうな』って
『MACOのライブは、ななみ以外と行きたくない』って
そう言っていたよね?すごく嬉しかったよ。
去年のライブは、大ちゃんと行くことが出来なかった。横を見ても大ちゃんは居なかった。周りのカップルは幸せそうに笑い合っていて、お揃いのTシャツを着て、手を繋いで…。私だって、MACOちゃんのライブは大ちゃんとしか行きたくないよ。次こそはって。やっと大ちゃんと行けると思っていたのに、もう一緒に行けないんだね。
モヤモヤした日が続いている。大ちゃんになんて言ったら許してもらえるのかも分からない。謝って済むことではないかもしれないが、私にはきっと謝ることしかできない。素直に謝れば、また会ってくれるのかな。
その日、大ちゃんのことを思って、手紙を書いた。
もう、会えないかもしれないけれど、大ちゃんに言いたかったけど伝えられなかった思いを、紙に書き始めた。
大ちゃんに言いたいこと
最初は実習生と指導する側の人。
私に社会人としてのことちゃんと教えてくれて、
怒ってくれて、ヒントをくれて。
だから、これからも良い関係、近い関係でいたい。
それは恋人としてなのかな…
恋人って他人じゃない。仕事の人でもない。
もっともっと近い2人で作る関係かな。
2人で考えたり、支えあったり、
分からなかったら大ちゃんに聞けば良いよね。
そしてちょっとずつ相手のことを知っていくの。
そうしたら、大ちゃんの考え、思いが自然と分かったり、感じ取れる。
私はもっと自分と向き合わなきゃいけないよね。
体調も崩しやすいし、すぐ寂しくなって人に寄りかかりたくなる。
私だけじゃなくてみんなもそうだと思う。
けど、私は甘い。社会のこと何も知らない。
今まで『よし、変わるぞ!』って思ったこと何度もあった。
でも、実はいつも夜になると寂しくなって電話相手を探していたの。
もう同じことはしたくない。私にはいつも見守ってくれる人がいる。
1人じゃなかったって分かったの。
『分かんない』『無理』って言葉を使わないように意識する。
自分が思ってること、考えてることは相手に伝えられるように
話す力を身に付ける。
少しずつ私のペース掴んでくよ。
大ちゃん、時にはまた大ちゃんに寄りかかるかもしれない。
『子ども』だなって思われるかもしれない。
その度にぶつかって、嫌だなって思うのかな。
その度に2人のこと、大ちゃんのこと考えていくんだよね。
大ちゃんの前ではいつも素直で、真っ直ぐでいたいよ。
これが今の私の思いなの。その手紙はきっと大ちゃんに渡すことはないが、一生懸命、自分の思いを書き続けた。
そうしているうちに自然と心の整理がついてきて、私は淡い期待を持ちながら、再び大ちゃんに連絡をすることにした。
“大ちゃんまた言いすぎてごめんなさい。
今月の28日のMACOちゃんのライブ一緒に行けますか?”
“おう。覚えていたよ。約束したよな。28日空けているよ。”
大ちゃんはいつもこうだ。私が真っ直ぐにぶつかって言い合いになったって次のLINEでは、何もなかったかのように話してくれて…。これが大人ってことなのかな…。そんな風にも思えた。
何度も一方的にぶつかりに行く私を彼は受け止めて、包んでくれる。この時初めて思ったことがあるの。
もっと、もっと大ちゃんに
『素直な自分で居たい』
『優しい自分で居たい』って。
素直に大ちゃんに私の気持ちを伝えたい。相談とか悩みを素直に打ち明けたい。
一方で、自分で気持ちのコントロールをできるようになって、すぐに言い過ぎないようにする。言い過ぎる前に一度立ち止まって考えることが出来るように穏やかで優しい自分で居たい。すぐにはできないのかもしれないけど、少しずつ私は成長していきたいって思うよ。