まったく気づかなかったことにも動揺しながら私は立ち上がる。久江の目を見ると、またいつもの、同情を含ませた、かわいそうなものを見るような目。それに辟易しながら私はなによ、と言う。辟易って、自分に対してか。こんな時でもこんな意固地なことを言う自分、しかも自信なさげに。


久江は私の反応を見越したように、目を細めて言った。



「穂香は、自分が傷つけられたことばかりに繊細なんだよ。私たちはお互いの気持ちを一番下まで分かってあげることができないから、必ずお互い傷つけあうようにできてる。同じように許し合うようにも」


少し私より背が低くて、きっとわたしより化粧が少しへたで、普段私よりもよっぽど自己主張が弱い久江の言っていることが、私の想像を超えて大人であると感じた。あまり理解できていないのにも関わらず。


「例えば、穂香は佑作くんと付き合ってたのに、彼が他の女の子のほうがタイプって言ったから、傷つけられたよね?私が穂香でも、すごく傷ついたと思う。だけど、穂香っていつも思ったこととか言いたいことははっきり言うタイプじゃん。そんな穂香のこと、佑作くんは何回、許してきたんだろう?」


そんなこと、と言いかける。別に彼を傷つけたことなどない。だって彼はそんなことを一度も私に言わなかった。そこまで頭の中で考えてから、久江の前置きを思い出した。


「佑作は言わなかっただけで、私のこといやだって思ってた、ってこと?」

「極端にならないで。好きだったと思うよ。でも嫌なところはあったと思う。誰だってそうだから」


何それ、久江に私たちの何が分かるのよ。そう言うことがどれだけ無意味なのかは、教えられたわけではないけれど分かっていた。久江も心苦しそうに、まあ穂香と彼のことはわかんないけどね、と足した。


「私にも嫌なところはあったでしょ?私にとって当然だと思うことが、穂香にとって当然じゃないこともある。分かりあえないことも絶対にある、私と穂香は違う人間だから。だけど私は自分が我慢してる分、相手に我慢させてるって思うようにしてる」