卒業式の教室は、最後だからかいつもより机の茶色が鮮やかに見えて、それが私ののどになぜか引っかかった。緊張しているからかもしれない。下ばかり見て入った教室で、ちらちらと久江を視界に入れてみたけれど、彼女と目が合うことはなかった。


分かってたことだけど、と思いながら、悪い未来を予想することの何と意味のないことよ、と嘆きたくなる。実際にはその瞬間まで覚悟などできていなかった。

私がうざいと言ってしまった久江が、私に笑って挨拶をしてくれないことが、あまりにも。


「あの、久江」


とっさに呼び止めると、彼女は唇を横に結んだまま私のほうへ振り返り、最小限の動きで私に向かって「なに?」と返事をした。目元はおろか、口角さえ上がらない。

一瞬怯んだのち、状況が分からなくなった。ただ私の指先は冷たい。


「私も悪かったと思うけど、久江も私に無神経なこと、言ったと思うんだけど」


そこまで言うと久江は聞きたくないと言うように眉根を歪め、また、一番いやな顔をした。同情と軽蔑が混ざった、情けないものを見る目だった。私はつい顔をそらしてしまい、また同時に体中に実感が行きわたる。許してもらえなかった。



どうしたらいいか分からなくて、苦しい。考えるだけで涙が出てきそうだと思うと、とっさに目を閉じた。


式が終わって校舎の外へ出ると、いよいよこれが最終日なんだという実感が沸いてくる。結局私は大事なものを二つ失ったまま、二度とこの場所へ戻ってこれなくなった。そう思って初めて、ついこないだまで卒業なんてただの日常の一部だと思っていたことが、ものすごく違和感のあることだと気が付いた。

そうか、あの時の私は、失うものを知らなかったから。



中庭をぼんやりと考えもあてもなく歩き始めると、今まで何度か目撃した黄色い花が同じように視界に入る。いつかこの花を見て自分のようだと思った、そう思わず足を止める。

きみにも会うのは今日で最後だ、と、しゃがみこんでそっと手を伸ばして積もらせた雪をはらうと、思いのほかしっかりとした茎に驚いた。


「……ごめん」



どこかでそう言えていれば。

私を好きだった人のうちの、せめて誰かはまだ見捨てないでいてくれただろうか。



「顔見て言ってくれないかなあ?」




その声に驚いて振り返ると、不機嫌な表情で私を見下ろしている久江がいた。