「全身に汗をかいたサラリーマンが僕にぶつかりました。そしてその衝撃で僕の顔からはめがねが外れました――言ってませんでしたが、僕は近視と乱視を併せ持っており、視力は0.01程度です。そして僕のめがねがホームに落ちたところで、モード系大学生がやってきてそれを踏みました」


あの音をきっと一生覚えている。パリィィという、綿密に計画を立てられた僕の人生そのものを潰しにかかっているような音だった。


「つまり何が言いたいかと言うと――僕はあれ以来めがねを2個持ち歩いています。それと、どんなに準備をしても当日、思いもよらぬ場面で不測の事態が発生します。重要なのは柔軟に問題を解決することです。冷静に、まるでハプニングなど起きていないかのように面接官に笑いかけ、まるで間違ったことなどしていないような顔で接吻できそうな距離まで問題用紙を近づけ問題を読む――みなさんはこれから、精神力をつけていく必要があります。そのために日々こつこつと勉強をすることは、重要なことかもしれません」


間違ったことを言った気はしない。人生なんて知らなかったことと予想外なことばかりなのだから。


帰り道はいつも憂鬱な気持ちになる。僕の家に帰るためにはバスに一時間まるごと乗っていなければならないからだ。しかもその駅から自転車に乗らなければならないが、雪が多くてさらに僕の家は海に面しているため、理解不能なくらい風が強い。一日の正念場が帰路だと言っても過言ではない。


しかし海は好きだ。毎日朝と夕方もしくは夜、僕の目の前に大きく広がる海。全て知っているような、途方もない青。海は夏でも冬でもそれ以外でも変わらず、周りの景色に影響されることなく、それがそれ自身であると思う、常に。暑くても寒くても、とてもきれいだ。この気配は、誰に似ているのだろう。


僕は毎日それが鳴る音を聞いて、心を落ち着かせる。


卒業式当日は、どこか浮ついた空気が漂っていた。式が終わるとたくさんの女子が妹尾の周りに群がっていた。このクラスでは妹尾は、自分が美しいという自覚と物怖じない態度から、近寄りがたい存在だと認識されていたように思う。


「瀬川の卒業証書がない!?」