「気持ちは嬉しいけど、もっと周りのこと考えた方がいいよ。瀬川くんの容姿が気に食わないなら、わたしはああいう顔が好みなの?って聞くべきだよ。あの人は綺麗であの人は不細工だっていう認識が、みんな自分と同じだと思わないで。その点わたしにとっては、妹尾も瀬川くんも同じだから」


トイレから出られないどころかめまいがしそうだと思った。僕と、妹尾が同じだと?彼女は僕を庇ってくれているに違いない。しかしどう考えても違うだろう、街頭でアンケートを取ったら100人中100人が、僕と妹尾は違うと答えるはずだ。それくらい当たり前のように自覚している。

しかし荒田咲は偉大だ。人は顔じゃないよ、などと言わないで、僕が居ない場所でも、他人を傷つける発言をしない。偉大で純粋で、穢れを知らない人だ。


そうこうしているうちに予鈴が鳴って、追い立てられるように僕と荒田咲は2年生の集まっている体育館へと向かった。あぁ、原稿が思い出せない……と黄昏れながら僕はマイクを持った。

テーマは何だったっけ。合格体験記だったっけ。受験でこんなところ頑張りましたって言えばいいんだよな。私立合格者なら分かるけど、推薦で国立大を決めた僕に聞くのはナンセンスな気がする、と思っても後の祭りだ。


「僕は入試当日の不測の事態に備えるために、起こり得るハプニングを事前に思いつく限りすべて紙に書き出して一つずつ可能性を潰していきました。まず体力作りから――」


はあ?という顔をする生徒多数、興味のない話から新鮮さを求めるように顔を上げる生徒少数。一度だけ荒田咲を見ると、彼女は焦るでも止めるでもなく、興味深そうに僕の話に耳を傾けていた。


「――とまあこんな感じに、準備万端にして行ったわけです。そして当日、予想した通りぎゅうぎゅう詰めの満員電車に乗って大学へ向かいました。起こり得るハプニングFile:59である痴漢の冤罪を防ぐために両腕を上げて電車に乗りました。そして何事もなくホームに降り立った時でした」


あぁ明日は卒業式か。僕にとって卒業式など、何でもない。ただの通過儀礼だ。