「トイレがパワースポットなんだね……?」


手を洗ってトイレから出ようとすると、クラスの中でも特に声の大きい男子である高田が荒田咲を呼ぶ声が聞こえた。思わず立ち止まると出るに出られない状況になってしまい、立ち聞きするか、原稿どうしようか、と考えることにした。


「咲ちゃん時間ある?」

「え、あ、あと3分くらいなら」


そういう時は時間がないと答えるべきだろう。

というか、時間をとって話さなければいけない話をなぜこの高田隼人という人間はトイレの前でしているんだ。


「俺ずっと咲ちゃんのこと好きだったんだけど……」


3分くらいしか時間がないという人間に向かって言う内容ではないはずだ。ああもう立ち聞きなんてするんじゃなかった、突っ込みどころが多すぎる。これだから低能な人間の集団は嫌いだ。僕の理解の及ばない場所で世界が回っている。待てよ、僕が理解できないことがマジョリティならこの場合低能なのは僕……?これがパラドックス……?


理解できなくなっていると高田の大きな声がまた僕の耳に届く。


「妹尾と付き合ってんの?」

「妹尾とは付き合ってないよ」

「じゃあ、あり得ないと思ってたけど瀬川と付き合ってるって本当なんだ?何だよ、妹尾だったら納得できるけどさぁ。咲ちゃん、見た目はあんまり重要じゃないんだ」


今すぐトイレから出て飛び掛かってやりたい衝動を一生懸命抑えながら、世の中の前提はそういうものだったということを思い出す。
美しいものには美しいものが似合う。その前提に僕はまるで引っかからないことは自覚していたはずなのに、そういえば少し前に隣の席の横平が馬鹿そうな口調で「瀬川はよく見るとかっこいいよね」と言ったことを思い出して急に恥ずかしくなる。思いあがっていた。

そう思うと、世間の認識をしっかりと教えてくれたうえに自意識を顧みる結果をくれた存在として、ナルシスト高田は僕にとってプラスの存在かもしれない。というかこれはどんな状況なんだ、立ち聞きで傷つけられるとか、女子かよ。

何も聞こえてない振りをしてトイレを出ようとしたところ、荒田咲が待ってよ、と言ったので足を止める。彼女にしては珍しい声のトーンだ。