だけど私はババくさい色のストッキングは嫌だとつっぱねた。理由なんかひとつだ、いつ見られてもいいようにするためだ。何なら新しいリップを使ってみたし、チークだって塗っている。

私の欝々しい努力が風に笑われている。


愁ちゃんがそうか、と言った。それ以上言わない方が正解だと思っているのかもしれない。弱いなぁ。言わないよ、と言うと愁ちゃんはえ、と気弱な声で返事をした。


「もしここで大騒ぎして愁ちゃんの職と家庭を奪って気が済むまでやっちゃったら、この経験が私の肥やしにならないでしょう?」


声を張ったせいで愁ちゃんが痛そうな顔をする。私にはこのくらいでは誰も怪しまない自信がある。
だって私は目立たないから。


「経験値にするの。転んでもただじゃ起きない人間なんです」


愁ちゃんは辛そうに笑顔を作ってみせる。ありえないでしょ、なんてズルくて弱い大人なんだ。私は17歳だけど、弱い人間こそがズルいのだということを新しく知った。賢い人がズルくなれるわけではないのだ。


「泣き寝入りだと思わないでくださいね。平気なんです、人の心を弄ぶ人間は、絶対に幸せになれないようにできてるんで」


分かりやすい皮肉に、ようやく愁ちゃんが笑った。私は愁ちゃんの口元を見つめながら、「なーんてね、全部嘘だよ」と言ってくれることを最後の最後まで期待した。


「今日、愁ちゃんの携帯を、トイレに落として水没させてくださいね。じゃなきゃ私連絡し続けて、いつか奥さんにも言っちゃうからね」


口先を動かしながら胸の奥がズキズキと音を立てているのが分かった。こんなことを私に言わせるものは一つ、たった一つ、愁ちゃんが後悔すればいいという思いだけ。

気高くて強くて優しい私を逃したことを、後悔してしまくって、行動に出てしまったときには、手遅れになっていればいい。強く生きろ、私。


「さよなら先生」

「……さようなら」


振り返って空を仰ぐと目尻から涙が溢れた。まるで止まらないその勢いからは、ずっと我慢したんだからいいでしょ、と言われているようだった。

いいよ、よく頑張ったね。頑張ったね、私。今日はゆっくり休もうね。


周りを見渡すと別れを惜しむように泣いている高校生がたくさんいて、私はちっとも浮いていないことに気が付いて安心する。大丈夫だよ、だから歩いて、頑張れ。


頑張って、歩け。




fin