レナが大きい目をさらにひん剥いて怒るから動揺する。そして泣き始めたので、どうしよう困ったな、と思いながら、心のどこかが少しだけ満たされていく感覚になる。なぜだろう、レナは私の状況など実感はできないはずなのに。


「レナって、自分のことみたいに怒ってくれるんだね」

「当たり前でしょ!わたしはずっと沙苗のこと応援してたんだから……っ、信じられない、何あいつっ……」


少し考えて気が付いた。レナは私の代わりに激怒してくれているんだ、ということに。私ができないから、こんな時でもあの人の性格に同情してしまうから。

だけど私だって怒りたい。取り乱して怒鳴り散らして、私は被害者なんだと泣きつきたい。


「レナ、ありがとうね。私もそれくらい怒りたいのに、できないんだよね。怒ってるし、むなしいし、悲しいのに。何でかなぁ」

「……あんまり感情的じゃなくて、包み込んでくれるように優しいのは沙苗のいいところだもんね。悔しいけど、高村先生は沙苗のそういうところが好きだったんじゃない」


そうレナが言うから、悲しいはずなのに、少し報われたような気がした。
レナにそう褒められたのは初めてで、よくよく考えたら、愁ちゃん以外に褒められたのはかなり久しいかもしれない。


何か少し得られた気分だな、と思う。代わりに大きいものを失っている過程なのにもかかわらず。


しばらく2人で泣いて話していると卒業式が終わる時間になっていた。このあと教室で卒業証書をもらうはずだ。必要ないけど、もらいにいくか、とレナと笑い合って、また手をつないで教室へ戻った。

みんながもう着席している中で教室へ入ると、心配していたように愁ちゃんが眉を曲げた。気づかない振りをして席に戻りながら私はあぁ、と思う。

教卓を壁に、他の男子生徒とはまるでちがう愁ちゃん。学ランの生徒ばかりの中で、一人だけシャツを着て、一番上までボタンをかっちり締めている愁ちゃん。



この世で一番好きだよ。



じゃあこれで卒業式の全ての過程が終わりです。みんな、卒業おめでとう。これから新しい生活がスタートするけど、くれぐれも体には気をつけてな。悪いことするなよ。

いつか有名になったやつは、恩師は誰だってインタビューされたら迷わず、高村愁平先生だって言うんだぞ。