なぜこの時意気投合してしまったのか。ああ私、男の人と話せてるって、勘違いしたんだ。今になって分かることだけど。



「沙苗?泣いてるの?」


ボレロを聞きながらつい泣いていることに、レナに指摘されて気が付いた。ああごめんね、泣きたいのはレナの方だよね。

繊細なピアノの音を近くに行って聞きたい、けれどここは暖かい。冷えた階段を、たった数段上っただけで、今ある世界が壊れてしまうかもしれない。いつもちょうどいい場所というものがあるはずだ、人間と人間の距離にしても。

動いた先の世界を、保障してくれる人など、どこにもいない。


「陽太って前からもてるじゃん?だから、ふつうの女と同じアピールしても無駄だと思ったの。昔はクラスで浮いてたような変な女を好きだったって噂もあるし」


レナは話しながら目に涙を浮かべている。泣いていたってこの人は可愛い。青春をすべて恋愛とおしゃれに割いてきましたみたいな、さらにそれが許される顔をしている。

こんな子でもうまくいかない恋愛があるらしい。


「でもダメだったなー……ずっと好きだったのに、本気だったのに」


日の当たる踊り場からは、何メートルか下に駐輪場が見える。屋根の下のコンクリートは雪をつけた足跡が歩いたように濡れていて、そこからはみ出た自転車にはもれなく雪が積もっている。私はそれを見て、虫が鳴いていた夏から長く時間が経ったことを実感した。


「誰か好きな子でもいたのかなぁ。噂にもならなかったけどさ」


レナと付き合ってる噂が専らだったんだから仕方ないよ、と答えつつ、高木陽太がいつも同じ女の子を見ていたことに私は気づいていた。もしかしたらあの子のことが好きなんじゃない、と言おうとしてやめる。

確信はないし、生産的でもない。代わりに私も口を開く。


「実は私も別れてほしいって言われた」


レナははぁ!?と言った。思いがけず大きい声を出すから、周りの教室から教師が飛んでくるんじゃないかと心配になる。


「だって、えっ!?卒業を待ってたんじゃないの?愁、高村先生はさ!」

「奥さんに子どもができたから、もうこれっきりにしたい、ってさ」

「はぁ~!?」