「そのことなんだけど」


まさかなぁ、と思ってなに?と返事をする。だって今さっき果てたばかりだ。だったら何だったんだ、この部屋は何だったんだと思うと急に他人事のように思えてくる。黒くてギラついた部屋は、テンションが違うだけで不審な箱へと早変わりする。私の不安を掻き立てる、何か。



「別れて欲しいんだ」



「何で?私、愁ちゃんの約束守ったよ。ずっと学校では他人の振りしたでしょ?浮気だってしてないし、誰にも言ってない。お母さんだって知らないよ、私と愁ちゃんのこと」

「たくさん我慢させたね、ごめんね、ありがとう。沙苗はよく約束守ってくれたけど」


ヒュウッと風の音がして、あぁきっと外は寒い、と思う。視線を落とすと彼の隣にはクリーム色フレームのめがねが落ちている。わたしは彼はすこぶる目が悪いことを知っている。て、ことは。

今私がどんな顔をしているか、よく見えてないんじゃない。



「妻が妊娠したんだ」



ずっとこの人が手に入るのを待っていた。ただ白いだけの背景のない部屋でひとり、正座をして前だけを見ていたところに、場面に存在するはずのない石が投げ入れられたような気分がした。


何ですか、この石はどこから出てきたんですか。邪魔しないでください、私はたったひとりの人間を待ち続けているんです。そこに邪念はないんです、それまではたった一人でも構わないんです。




「奥さんとは上手くいってないって言ってたじゃないですか」


無駄なことを言ったな、と即座に気づく。うまくいってないなら子どもができないとかでなく、彼が今現在、奥さんとの生活を本気で考えていなければ、たった一日まだ卒業していない身である私にうかうか別れを切り出さない。


「愁ちゃんが私との関係を周りに言うなって言ったのは、卒業するまでで……」


だけど止まらない。


「卒業したら離婚して、私と結婚するって言ってたよね?」

「ごめん」

「何が!?」


頭の中の整理がつかなくなって私の口と脳みそは、目の前の男をただ責めることにしか集中がいかなくなる。だけど奥の方がキリキリと叫んでいる、どうか私の心の奥に気づいてください、どうにか気が変わってください、と。