胸まで伸ばした黒い髪が揺れている。



「……あっ……はっ、しゅ、愁っ……」

「……可愛い」



誰かに可愛いと言われたことなどなかった。可愛いものやキラキラしたものが好きだけれど、自分はそうじゃない。上を見るたびにいつも自意識が働いて、緊張ばかりして、人と接するのが苦手だった。

男の人となんてなおさらで、話しかけられるとクラスメイトにすら敬語を使ってしまう始末だった。前の席の妹尾くんがすごくきれいな顔をしているとは思っても、話しかけたことなど一度だってない。

けれど愁ちゃんはそんな私に嫌な顔を一度もせず、笑顔で朗らかに話しかけてくれた。


レナみたいな華やかな人とだって、愁ちゃんに自信をもらわなければ、萎縮して話せなかったかもしれない。


ブラウスのボタンを留めながら、今日の部屋はベッドがすごく柔らかいな、とゆさゆさ揺れていると愁ちゃんが笑った。子どもだと思われたかも、と思って恥ずかしくなる。

いつも思うけれど、ラブホテルに設置されているのは必要以上に広いベッドだ。例えば今日のベッドなんて特に、ものすごく恰幅のいい人でもきっと余る広さだ。てことは大人数用なのか?でもそれはそれで別の部屋があるだろう。


「ベッドで揺れながら百面相してる。沙苗は本当に面白いね」

「だってラブホって面白くない?何回来ても慣れないんだよね、って、愁ちゃんとしか来てないけどさ」


愁ちゃんは黙って私の頭を撫でた。その腕を見て本当に美しいと思うし、やはり愁ちゃんが身に付けるものはすべておまけだ、と改めて思う。美しいのは愁ちゃんそのものだけ。あとはすべて、彼に合わせてどんな色にもどんな形にもなる。

私も等しく。


「明日、卒業式なのにこんな時間に呼び出してごめんな」

「ううん。やっと卒業式だね。明日はどこか行ける?やっともう隠さなくていいじゃん?」


携帯電話をチェックして親からの着信を数えながら、あれ、返事がない、と思う。

愁ちゃんからの。


「明日忙しいんだったら別にいいよ。でももうこれからは、昼間に会えるじゃん?」


顔を上げると愁ちゃんはやはり私に返事をしない。うそでしょ、だったら今のセックスは何だったんだろう。時計を確認する。23時2分。今から帰って本気を出せば12時前に寝れるだろうか、それとも今日は話が長くなるのだろうか。