三枝が何も考えていないように言う。そして俺は初めて、三枝が大して横平に本気でなかったことを知る。なんだ、そうだったのか。そして俺はどうしてこんな拍子抜けしているのか分からない。


「なにも卒業式の前日に別れなくてもなぁー、陽太。他に好きな女がいるんだろ」

「いや、受験に集中したいだけだよ。俺マジで、どこも合格でてねーんだわ」


三枝は勉強の話にシフトするのが嫌なようで、うえー、と返事をしたきり受験のことには触れてこない。とっくに合格を決めている三枝がまったく嫌味っぽくないのは、こういうところでさりげなく気が遣えるからだろう。


「まあ俺は大学で垢抜けまくりハシャギまくりの美人と付き合う予定だけどな」


そう言った三枝が適当なのは昔からだ。分かっているのに、今日はどうしてこんなに引っかかるのだろう。俺は横平を一瞥して考える。

教室の空気はぬるい。物理的な空気も、クラスメイトたちの出す雰囲気も、だ。そんな中で彼女は、でかい何かのキャラクターのケースに入ったスマホをゆるんだ顔で眺めている。


ああ今日も帰って勉強しようか、けれど家に帰ったら親が卒業祝いに夕飯を食べに行くと言っていたから、今日はなんだかんだ勉強しないかもしれない。

肉が食べたいなあ。

そんなことを考えているといつの間にか卒業式は終わっていて、俺は実感がわかないままクラスメイトと軽く会話をした。


「陽太、全然悲しそうじゃないじゃん」

「だってなんかなぁ、離れ離れって感じしなくてさ」

「まあ、確かにね。この先この中の誰でも会えるしね。お互いに会う気があればね」


なぜ語尾に注意がいくのだろう、と少し考えてから、倒置法で話されたからか、と思う。そうか、俺たちはこれからも会えるから問題がないのだ。ただし、お互いに会う気がある場合に限る。

会いたい人にいつも会える環境にはいない人が、卒業というものを惜しむ。


ぼんやりそう考えていると野球部の後輩が集団で押しかけてきた。


「高木先輩!!卒業、おめでとうございます!!」


俺の周りは坊主で埋め尽くされ、しんみりした空気が突然暑苦しくなる。
俺がおお、と返事をするとどこに感極まったのか、後輩たちは泣き始めた。嘘だろ、と一瞬宙を仰ぐと緑色の毛糸が見える。埃みたいだ、と思う。