彼女のなんとも言えないような表情に俺は想像をめぐらせる。予想はしてたけど言われたくはなかった、という気持ちだろうか。

いつか思ったことがある。結局は本当の覚悟など実感がわく瞬間までできないし、受ける衝撃はほとんど同じだという点において、嫌な未来を想像したり覚悟した気になるのは、まったく無意味なことだと。


「これからは?」


俺が何も言わずに笑うと佐津川は目を伏せた。


「何で陽太はそんな簡単に、ポイってできるのかなぁ」


佐津川にしては珍しく未練がましいことを言うなぁ、と思った。俺は何も言わなかったけれど、心の中ではっきりとわかっている。佐津川が魅力的だと思えないのは、簡単に手に入って、簡単にやらせてくれる女だからだ。


卒業式の日、教室の中では一足早く佐津川が泣いていた。それを佐津川といつも一緒にいる女子があやしていて、俺は一度視界に入れてから向き直る。

佐津川の友達も泣いている。俺が立ち入る場所ではないのだろう、きっと。

卒業式に泣く心理も、恋愛に敗れて泣く心理も俺にはよくわからない。


そういえば中学生の頃、ある日突然横平に会えなくなった時も、俺は泣かなかった。当時の横平とは、俺はかなり仲が良かったにも拘わらず。

つんけんした物言いの奥に、横平から慕われていたことを俺は自覚していて、一度だけ横平をデートに誘ったことがある。そして誘ったはいいものの億劫になった俺は待ち合わせ場所に行かなかった。その週末を最後に、横平は俺の学校から姿を消した。

俺は心のどこかで、クラスメイトからひそかにいじめられていた彼女のことを見下していたかもしれない。


「佐津川と別れたんだってなー?」


えぇ、と思って顔を上げるとやや楽しそうな三枝が俺の顔を覗き込んできた。近いな、と頬を軽くはたくと「あれ、泣いてねぇの」と三枝は言った。

どう弁解しようか迷ったけれど、初めから付き合ってないなどと言うと話がややこしくなる、と思って俺は口を噤んだ。別れたってことにしたほうが、佐津川も俺も具合がいいのだろう。


「佐津川可愛いじゃん。何でダメなの」


いやー俺のタイプではない、と言おうとして、はっ?という声が先に出た。


「えっ、横平と佐津川って、大分タイプ違う顔してるけど」

「いやそれはそれだろ。しかも横平と佐津川だったら、佐津川の方が美人なのは美人だろ」