ある日突然彼女は俺の前すなわち俺のクラスから姿を消して、別の場所で生活し、ふつうに高校に進学したのだろう。学区外の高校を受けて通い始めた俺と再会するなんて、予想だにしていなかっただろう。

名前が同じでよく見ると顔も同じで、あの横平か、と気づいたとき、中学時代とはまるで別人になっている横平にははじめ、どう言葉にしてよいのか分からない気持ちを抱いた。



少し思い出すことがあると、勉強から集中できなくなるのは一瞬で、しなければならないと思いながらもあぁ性に合わないなぁ、とあくびをする。ふと隣を見ると参考書に視線を落とす佐津川が居て、俺は佐津川の部屋にいることを実感する。

緑色のリボンが居心地悪そうにカッターシャツに乗っていたので手を伸ばすと、佐津川がえ?と言った。俺がえ?と返すと、彼女は恥ずかしそうに教科書を閉じる。


「いや、いいけど、いつも勉強終わってからって言うじゃん。見かけによらず勤勉だもんね」

「前期受けたところ全部落ちたから焦ってるだけ」


はは、と笑う佐津川を少しじっと見てみる。俺と同じかそれ以上に勉強が嫌いで、もう美容系の短期大学を行くことを決めたくせに、俺に付き合って勉強してるフリをする、唇をいつもつややかにしている女。クラスメイト。大きな目は自己主張の強さを表しているようであまり俺のタイプではない。


だけど時々佐津川は俺に好きだと言う。それはセックスの途中に言うことが多くて、おかげでそれが本気なのかたわごとなのかは分からない、というかあまり興味がわかない。


「なんか萌えるよね。嫌な勉強したあとのお楽しみってさ」

「明日卒業だな、俺ら」


佐津川の言葉を無視してペンを回すと、それすら予想内だというように佐津川はそうだね、と笑った。その笑顔を見て俺は唐突にあぁ好きじゃない、と思う。いや好きか嫌いかという2択でいくともちろん好きだけれど、恋愛対象として好きと思えない、ということだ。

だって佐津川は俺の半端な態度を許し続けているけれど、それはきっと、彼女の決断力のなさに由来するものだ。そう思うとついさっきわからない、と思ったことを俺は頭の中で急いで撤回する。

この人の気持ちになど俺は、とっくに気が付いていたはずだ。


「今までありがとうな」