きみを守る歌【完結】


ほとんど力の入らない状態で立っていた私はあっさりと後ろに動いて、バランスを崩しそうになる。


どうしたんだろう急に、とぼんやりする頭の奥で考えると、ノリくんの左手が私の後頭部を持って、強く引き寄せる。自分の頭で考えたり動いたりする前に、そのまま半ば強引に口づけられた。




「――――」





今まで見たことのない至近距離で、ノリくんと視線がぶつかった。それぞれのパーツの主張が強い、男らしくて綺麗な顔が私のとても近くにあった。


何が起こっているのかきちんと理解できていない。

だけど陽一に見られた、という自覚だけは頭の中に電撃のように走る。怖くて後ろを振り返ることができない。ノリくんは私を腕の中にとどめたまま、陽一のほうを見ていた。きっと今2人は、目が合っているんだろう。


もしかして陽一は怒るんだろうか、と考えてから、虚しくなる。

陽一ははっ、と乾いた声を出して笑った。



「…………犯罪じゃん、ノリくん」


「……まああと一年は、大声で言えませんね」


「ははは。よかったな、飛鳥」



陽一は平淡な調子でそう言うと、私の横を通り過ぎて歩いて行く。行ってしまう、と思って見上げると、涙が零れた。もう遅い、と思ったからだ。


本当は離れたいなんて思ってないと、そう伝えることができれば、陽一は私にもう一度向き合ってくれるかもしれないなんて思っていた。


けれど陽一は私に、よかったな、と言った。それはまぎれもない絶望の合図だった。



「―――っ」



崩れ落ちるようにしてしゃがみこむ。涙がどんどん溢れてくる。私はここまできてようやく、長い長い間自分が自惚れていたことに気づくのだ。

ノリくんが小さな声で私に声をかけた。



「怒ってますか」



その声のやさしさが、同情を孕んでいると思うといたたまれない。怒っている?もちろん怒っている。なんであんなことしたのよ、乙女の心を弄びやがって。どうして私の周りに居る男は、簡単に私にキスをするんだ。誰か一人くらい、好きだ愛してるとか言ってからしろよ。


私が何も言わずに頭を抱えていると、ノリくんが心を読んだように続ける。



「28にもなって、ずいぶん糞餓鬼な真似をしました。謝ります。でも、今がタイミングだと思いました」