きみを守る歌【完結】

「なんだ。じゃあ早めに戻れよ、もうあと5分くらいで花火始まるだろ」



陽一は安心したように、罪のない目を細めて笑った。



とりあえず駆け込んだトイレの中で、私は息を整える。


心臓がうるさい、うるさくてたまらないのに、心は冷え切っている気がする。このギャップに耐えられない。苦しい、と思いながらとりあえず手を洗って鏡を見ると、自分の両頬が少し赤くなっていて、冷え切っている気がするけれど実際の私は、うるさい心臓のほうに近いらしい。

塗れた両手で頬を冷やすと、熱い部分に冷たい感触が当たって、それはまるでさっきの私のようだと思える。


「滑稽ですね」


振り返ると、私を騙した本人が立っていた。気が済んだような、まだどこかいら立っているような表情で私を見ている。


「なんで、こんなことしたの」


いくらなんでも悪意があるとしか判断できない。声に怒りを込めたけれど、セイラちゃんはまるで怯んでいないようにえぇ?と聞き返してきた。


「私に向かって陽一先輩と付き合えば?とか言ってくる先輩のこと、からかってやろうと思って」

「……だからなんで、」

「飛鳥先輩が最近までいじめられてたの、私が発端だってこと、先輩に話してないでしょ?」


セイラちゃんが発端、というのは確かにその通りだ。セイラちゃんが私とノリくんと陽一の写真を貼りだしたことがきっかけで、いろんな方向からの嫌がらせが飛んできた。

だけど陽一は、あれの犯人がセイラちゃんだということを知らない。私は言っていない。


「すごいですよね。さんざん嫌な目に遭わせたのに、目をつぶって、陽一先輩とのデートにも目をつぶってくれるなんて」

「怒ってるの?」

「陽一先輩に言ったら私が突き放されるから可哀想、とでも思ったんですか?」



セイラちゃんはまた勢いのある目で私を見つめてくる。綺麗な整った顔、と思いながら、私はその迫力に押されていた。


「そんなこと」


思ってない、と言いつつ、自覚していたかどうかは別だ、ということに気づく。


「私に同情しちゃうくらいには余裕なんですよね。自分は想われているっていう自信があるから」



そんなことはない、と言う自分の主張が、あまりにも力のないものとして空間に吸収されていく。言葉になったかどうかすら分からない。