きみを守る歌【完結】

見渡しても陽一らしき人影はない。走ってやってきたので、とりあえず息を整えながら考える。そもそも約束なんかしなかった。じゃあ、さっきのセイラちゃんの電話は、何だったんだろう。

こないだ話した時には、セイラちゃんと行こうかな、みたいなことを、私の前で言った。そう言った陽一が、やっぱり、私と見たいから、セイラちゃんのもとを離れた?


さっきほどの喧騒が無くなって、自分の心の中にも冷静さが広がってくる。さっきのセイラちゃんの電話に、悪意があったのだろうか?気づかなかったけど……。


その時、背後から声がした。




「――飛鳥」



私の名前だ、と思いながら振り返る途中に、それが陽一の声であることも私はどこかで分かっていた。陽一の声だ。怒ってやらなくちゃ、約束するならちゃんとしろって、人ごみに女の子一人置いてくるなんてことするなって。

私と見たいなら、最初からそう言うべきだ。セイラちゃんと約束しておいてこんなことするから、私がいらぬ方向から恨みを買うんだ。



「陽一、」


「飛鳥?」



だけど振り返った時、私は今言おうとしたことを全部忘れた。




「何してんの?こんなところで、一人で」




それは確かに陽一の声だったし、私のほうを認識していたのも間違いはなかった。だけど陽一は一人ではなく、陽一の左側には、腕を絡ませたセイラちゃんがいる。


どくり、と心臓が音を立てたような気がする。



「――――」


「え、今日は百瀬と来たんじゃなかったの?」



陽一は驚いたように私の方を見ている。私は首に汗を掻くのを感じながら、何も言えずにいる。陽一の斜め後ろでセイラちゃんは、控えめに、だけどはっきりと、私を見てクスッと笑った。



それを認識した瞬間に、自分は騙されたのだという実感が広がって、だけどその事実以上に、この事態をまったく想像せず、のこのことやってきた自分が受け入れがたく恥ずかしくなった。



「―――あ」

「飛鳥、聞いてる?百瀬と花火大会来たって言ってたよな?まさか一人なの?」



陽一の目が私を心配しているものに変わった。その後ろで、さっき私を見て笑ったセイラちゃんは今は笑顔を浮かべず、まっすぐと、睨むような目つきで私のことを見ている。



「……いや、ももちゃんと来た。今、トイレ行こうと思って」