疲れてきたな、と思って陽一を見上げると、陽一はまるで怯んでいないように、真っ直ぐな目で先生を見ている。どうして、と思ったときに陽一が口を開く。




「簡単だよ。飛鳥はやってない、これが何よりも確実だから」



私は期待と諦めの混ざった気持ちで、ただ前を見て黙っている。








勢いに圧されて口を開いた和多先生から出た人物名は、知っているけど関わったことがほとんどない女の子のものだった。

この女の人、分かりやすく陽一には弱いんだな、と思うとため息がでる。私の意見を聞く気は、なかったくせに。



「クラスの女子だな……飛鳥、何か恨まれることしたの?」


「……そういえばこないだクソビッチって言われたの、その子にだ。私が本当に二股女だと、思ったのかな」


「わかった。俺が、話つけてくるから」



それに返事をしたくないくらいには、私は消耗していた。
身軽そうに身体を翻して陽一は指導室から出ていく。



「そろそろ休み時間終わるんで、続きのテスト受けてきます」

「まだ話は」

「あー、陽一が話つけてきてくれるらしいんで、犯人が見つかったら、その子のテスト全部0点にして停学にしてくださいね」


まさか本当にはしないよな、フッと笑いながら私も生徒指導室を出る。窓の外に見える空は微妙に機嫌の悪そうな曇り空だ。梅雨はもう、終わったと思ったんだけどなあ。



この数日間で向けられた悪意を冷静に数えなおしてみる。ことの発端はあの黒板張り出し事件で、それから雪崩のように起きた靴隠し、教科書盗み、教科書八つ裂き、花瓶の花。極め付けに、今日のカンニング騒動だ。

さすがに今回のように停学やらテスト0点やらを突き付けられるのは困るけれど、それ以外は自分で対処しようと思えばどうにかできることだし、私が変なのかもしれないけれどあまり傷ついていなかった。

それよりも私が少し怖くなっていたのは、周りの女の子にとっての陽一の存在感と、それを邪魔する私の存在について、だ。

私にはその認識が足りなかった。陽一がとても人気で、嫉妬の対象が自分であることを、ももちゃんに言われるまで気が付かなかった。

ももちゃんが当然みたいに知っていたこのことを私が知らなかった。その理由を考えると、私は動けなくなる。私だけがそれを知らなかった、知らずにいられた理由を。