その時、押し殺したようにくっくっと笑う声が入口から聞こえてきた。


振り返る前にこの声、と気づいていたけれど、振り返るまで私は気づかない振りをする。すべての元凶なくせに無自覚で、だけど私の味方でいる男の声だ、と思う。



「飛鳥は、雑学があるタイプの馬鹿だよな。ふ、はは、2万で鑑定できるってマジかよ……」

「芹沢くん、関係ない人は入ってないで」

「生徒に示しがつかなくて困るなら、そのカンペ作った犯人見つければいいんだよね?」


呑気な声、と思いながら私は陽一の続きの言葉を待つ。女の先生は動揺したように、だけど負けじと言い返す。


「そんなこと」

「簡単だよ。だって和多先生、リークでしょ?これ」

「は……?」


女の先生と私は似たようなリアクションだ。陽一はまた少し楽しそうにだけど落ち着いた様子で、続ける。


「飛鳥のこと立たせた瞬間から、カンニングって自信満々だったもんね。飛鳥がやってるに違いないって態度だった。確認もせず飛鳥のこと立たせて動揺もなく、見せしめみたいに、きっちり15分経った時」

「何を言ってるの……?」

「誰かがリークしたんでしょ、飛鳥がカンペ作ってたとか、カンニングの常習犯だとか」



陽一の目と先生の目を交互に見ると、どちらの言っていることが正しくて、どちらがでたらめなのかは一目瞭然だ。私が先生をしっかりにらむと、それに気づいていないように先生は視線を落とす。


「……その通りよ。だけど誰かは言わないわよ、言わないでって言われてるから」



こんなところにも悪意があったのか、と改めて気づく。

誰かが、恣意的に、私をはめるために仕組んだことだったんだ、と、ここまで先生が認めてようやく私は気づいたのだ。ももちゃんが言っていたことをふと思い出して悲しくなる。

私は他人の悪意に鈍感すぎる。



「何で?そいつが犯人じゃん、決定じゃん。そいつ庇って無罪の飛鳥がテスト0点とか頭おかしくない?その生徒と関係持ってるしか説明つかないよ?」

「飛躍してるわ芹沢くん、冷静に考えて。私に教えてくれた子が犯人だなんて、不正を摘発するつもりだった正義感のある生徒がなぜ疑われるの」


だんだん先生の言っていることが理解できてくる。私は確かにやってない、だけどそれは先生からしたら、にわかに信じられないうえに、説明がつかない事実なのだ。