「バイト、平気?」
ももちゃんは初めて気が付いたように時計を確認して、ああもう行かなきゃ!と振り返った。それはいつも通りのももちゃんで、美人だけどクールな雰囲気は似合わないなぁ、と再確認した。
「お願いがあるんですけど」
「なに?」
「私、数学に目覚めたんです。香住先生のおかげで。もうやる気しかないんです。でも、どうやって参考書選んでいいか分からなくて。参考書の前に立つだけで、緊張してドキドキが止まらないんです。だから先生、一緒に選びに来てくれませんか」
「はい、アウト―」
陽一は両腕で×を作り全身で躍動感を見せながら私の前に立った。香住先生のみが立つことを完全に想像していた目の前に陽一のにへらとした顔が入って来たことにいらいらする。
「何がアウトなのよ!」
「参考書の前に立ったら動悸ってそれ更年期だろ!」
「うるさいわね!大体あんたにアドバイスなんか求めてないわよ!」
「参考書の前でドキドキはキモすぎるよさすがに」
陽太は眉間にしわを寄せて、かわいそうなものを見るように私のことを見てくる。それにもまぁまぁ腹を立てながら、じゃあ何と言えばいいのよ、と低い声で返事をする。けれど陽一は私のようにいらつくことはせず、笑っている。
「せめて参考書選びに付き合ってください、だろ」
陽一は思っていることを自然に表情に出しているタイプで、顔からだけは素直でまっすぐそうな印象を受ける。この男の、表情が豊かな部分だけは、評価に値するかもしれない。
「おーい、そろそろいい時間だよ。そろそろ帰ったらどうだー」
教室の後ろ側の入り口から私たちに声をかけているのはなんとあの最高にホットでスパイシーな香住先生だった。私はその瞬間緊張がのど元までせりあがってきて、言葉に詰まる。心の準備ができていない!
はい、と言いそうになったところで今日は金曜日だということに気が付く。明日からは休日。デートに誘うなら今しかない!
何と言ったらいいんだっけ、参考書選びに、
「先生付き合ってください!」
「違うだろ!!」
心底驚愕したように陽一が訂正をする。何が違うんだよ!と食い下がりそうになって間違えたことに気づく。
「告白ですか?ごめんなさい」
「先生も返事早いです!!」