あれ、今日は早いね、とももちゃんが陽一に向かって言った。時計を見ると、8時38分を指している。確かに陽一が一限が始まる前に来るのは、ここ数週間あまりない。


「昨日先生から電話で、明日は絶対何があっても槍が降っても8時に来いって言われたから朝から来てたよ。それでもショートが始まるまでに解放してくれないんだもんな、俺ってこれ遅刻になるの」


「なんでそんな先生に懇願されてんのよ。今まで説教されてたの?」


想像すると笑えて来る。この頃の陽一の遅刻ぶりは確かに目に余るものがあるもんね、と鼻で笑うと、陽一はそうじゃねえよ、と疲れた顔で否定した。


「昨日財布の盗難があったらしくて、リレーメンバーの中でも特に俺が疑われてんだよ。みんなと同時に帰らなかったから」


陽一の説明によると、リレーのメンバーは練習をする時に、全員でまとめて更衣室に荷物を入れていて、帰りも全員でほぼ同時に着替えて帰ったらしい、用事があると言って早退した陽一を除いて。その時に、生徒2人の鞄から財布が消えていたことが発覚したそうだ。



「あらら、災難」


「あーっ俺疲れたっすわ。盗られる方も馬鹿なんじゃねぇのとか思いながら話聞いてたからか先生割と疑ってたし。面倒臭え」



想像すると結構ストレスフルだ。陽一は服装や授業態度がチャラついているのにも関わらず要領がよくて勉強もできるので、あまりよく思わない先生もなかにはいるらしい、というのは聞いたことがある。

両手で顔を覆って椅子にもたれて反れる陽一は、朝から体力を削がれたような疲れぎみの声を出していた。私と目が合うと陽一は「何笑ってんだよ」と言ってくる。


「普段の行いが悪いとこんな目に遭うのか、と思って反面教師にしてるところ」

「はあー?何だよそれ、俺はやってないからな」

「いや分かってるしそんなの最初から疑ってない。てかそんな疲れた声出さないでよ、陽一ならそんな疑惑晴らすの余裕でしょ」


そう言うと陽一はしばらく何も言わず、ただ私の目をじっと見た。何だよ、と思いながら結局いつも通り私が目をそらす。やり場に困ってももちゃんを見ると、ももちゃんがまたにやにやと笑っている。


はあ今日は霜田先輩に飲み物の差し入れでもしに行こうかな。