ももちゃんが返事をする横で、私は高鳴りはじめる鼓動を無視できないことを自覚する。物腰の柔らかさ、さらさらの髪、白い肌、途方もない美形……!!


「先輩また面倒なことになり始めてるので退散してください」

「ももちゃん静かに!あの、お名前とご連絡先をいただいてもよろしいでしょうか」

「居酒屋の予約か!」


ももちゃんの微妙に伝わりにくいツッコミも気にならないほど目の前の先輩しか目に入らない。先輩は優しい微笑みを浮かべながら、私の言ったことが聞き取れなかったようにん?と首を傾げた。

その表情を正面から見たことで、私は生きている意味を実感した。


「ああ、名前?霜田壮也です」

「霜田先輩ですね。こんなに素敵な名前は生きてきて初めて聞きました」

「やめろ飛鳥、これ以上ツッコミ役を他人に強要するな。先輩、芹沢にはよく言っておくのではやめに逃げてください」


そう?ごめんね、と10万ルクスの笑顔を残して霜田先輩は去った。先輩が歩いたあとの廊下は黄ばみや汚れが完全に浄化されたようだ。霜田先輩に踏まれる廊下はきっと日本全国のどの廊下よりも幸せなことだろう。


「ここが私の人生のターニングポイントになるのね。16年って運命の人に出会うには少し長かった」

「相変わらず思い込みが激しいね。ってか飛鳥、誕生日まだだっけ」

「そろそろかもしれないけど、心は永遠の16歳だよ」


16も17も一緒だよ、とももちゃんは溜息をつく。それにしても俄然体育祭の楽しみができた。先輩のリレー姿を見るためだけに生きていける、と考えると、陽一にはちゃんと練習に参加させなければならない。

あんなに美しく後輩思いな先輩の優勝は然るべきことであり、それを陽一の怠惰が邪魔できるはずがない。今日あたり説教して心を入れ替えさせなければ、と思っていると廊下の向こうから陽一が歩いてくるのが見えた。

いつも通り眠そうにだるそうに、片手に遅刻届を持って歩いてくる。大口をあけてあくびをしているのにあまり間抜けな顔に見えないのは、神に愛された遺伝子なだけはあると思う。



「あ、飛鳥が俺の方見てる。好きなのかな」

「おい陽一、貴様の都合はこの世で一番何でもいいからリレーの練習に出ろ」

「唐突だね!?」