きみを守る歌【完結】

陽一がまったく意味を理解できなかった、というように私の腕を掴む。私は泣きながらなにいきなり取り乱してんだよ、と思って鼻をすする。


「は、」

「いや、やっぱいい。何でもない」


そして次の瞬間に腕を離した。反射的に逃げそうになってから、陽一の腕を掴む。

私と向き合ってくれる瞬間があるのなら、逃すべきではなかった。もうここに来るまで私は、後悔を天井まで積み上げた。だからもう、臆病が入り込む余地はない。


「何でもなくないっ!陽一、人生で初めて陽一と向き合ってるんだよ」

「いつからそんなに質悪くなったの、見境のない恋愛ごっこに次は俺を巻き込むの」


陽一は少し取り乱したようにそんなことを言った。見境のない恋愛ごっこ、という字面に衝撃を受けながら、きっと事実だ、と文句を飲み込む。


「いや、それでもいいんだ。それでも俺は別に」

「何言ってるの?」

「飛鳥が一過性の病気みたいに誰かを好き好きって言うたびに、相手が俺なら絶対に飛鳥を幸せにしたのにって思ってた」

「なにを、」


見境のない恋愛ごっこの次は一過性の病気か。何を言われているかはよく分かる。違うんだよ、というのは言っても陽一には伝わっていない。



「でもやっぱり無理だ。俺には無理だ」



立ったまま両手で顔を覆う陽一の指が震えていることに気が付いた。どうしてそんなにも怖そうなんだろうと思ったときに、初めて陽一の心の中を覗いた気になる。

初めて一人の幼い男の子のような面を見た、と思うと、今までの陽一があまりにも落ち着いて達観しすぎていたのだと初めて気づく。



「俺には分からない。一生分からない!どうやって人を好きになって愛せばいいのか、どうやって人に気持ちを求めたら正解なのか。どれが愛で、どうすれば俺が安心するのか」


「陽一、何言ってるかわかんないよ」


「どうしたってこの寂しいのに終わりは来ない。だって俺には根底がないんだ、俺の母親は、7年ぶりに俺の顔を見て千穂子って呼べばいいって言ったんだ」



涙がこみあげてきて、いけない、ととっさに自分を制する。

安易に分かったふりをしてはいけないのに、泣きそうだと思った。