きみを守る歌【完結】

飛鳥と付き合えないなら誰と付き合ったって一緒だ、と思っていたのは去年までの話だ。高校1年生の時、俺は学校内で何人とも同時に付き合っていた。

同い年も先輩もまんべんなく、可愛い子には片っ端から手を出して遊んでいた。だけど飛鳥を近くで見たとき、この笑顔や照れた顔には何十人見ても敵わないことを強く知った。


だから今はどうなのかと聞かれれば、俺はまったく遊んでいない、だ。



「好きな子でもいるんだろ」



ドキッとして振り返ると、そう笑ったのはおじさんだった。自分の思考を読まれたのかと一瞬思ったけれど、あぁ話の流れか、とすぐに気づく。

母は灰皿に灰を落としながら嘘でしょ、と笑った。



「あなたは、どうなんですか」

「はは。千穂子でいいわよ。私はあれ以来、結婚してないよ」



そう言われて初めて、10歳の時に家を出て行ったこの人が、すぐに結婚していたという可能性もあったことを思い知った。安堵とともに、得体のしれない不愉快さが胸の中に広がるのを感じる。



千穂子でいいわよ。



「私は結婚とか向いてなかったんだよね、最初から」


「お前、店で大分飲んできただろ」


おじさんのその言葉で俺は納得する。キャバクラは無理だろうからスナックか。


「なんで、向いてなかったと思うんですか」


そう言った俺に、おじさんが少し痛そうな視線を送ってくる。それからおじさんは奥のテーブルで飲んでいた客の会計に行った。

千穂子さんはまるで気にしていないように笑ったから、やっぱり酔っているんだろう。



「だって他人の愛し方って、親に教えてもらうもんでしょう。言ったことなかったけど私の親もめちゃくちゃなのよ。お弁当作ってもらったこともなかったしね」



酒の入った大人はこんなに醜いのか、と思った。それか、退行現象の一種か。

いつまで少女でいるつもりなんだろう、と思う。この人に共感して悲しむには、目の前の女の人は歳が離れすぎてる。

けれど本気で言っているんだろう。小学生の頃、運動会があればこの人は弁当を持たせてくれた。ただ壊滅的に視野が狭いのだ。


「陽一も、そうね」


そして今言った言葉が俺にも刺さってくることを、分かっていて言ったのか、と思う。



「陽一、奥のテーブル片づけてきて」