きみを守る歌【完結】

「いいよ、何時まででも働けよ。陽一が来てくれたら客が喜ぶ」

「おじさん、店出してたんですか」

「オイスターバー出してる、小さいけどな。まあまあ忙しくやってるよ」

「へー、うまそう」

「まかないで食わせてやるよ。これからの季節は手のひらくらいのサイズの牡蠣を生で出してるんだぞ」


高校生もバーで働かせてくれんだ、と笑いつつも俺は条件に惹かれている。知り合いじゃなかったら夜も働かせてくれるなんてことは難しいだろう。



「千穂子も最近はよく来るよ」



は、と思って顔を上げると、俺の気持ちをうかがうようにおじさんが俺の顔を覗き込んでいることに気づく。どういうつもりで言っているのか分からないけれど、俺は意地でそうすか、とつまらなさそうに返事をする。



「母親に会うのは、嫌か?」



なんて聞き方してくるんだよ、と思いながら俺は別に、と言った。この人に会った時点で、母親の影がちらついているのは分かっていたはずなのに、すぐに断らなかった俺が悪い。

母という言葉の前で決断力を失くす俺が悪い。



おじさんについていってバーに入るとそこは薄暗くて、言われた通りこぢんまりとした空間が広がっている。細くて奥行があるけれど、カウンター8席のほかには小さいテーブル席が二つあるだけの小さなバーだ。


カウンターの裏にはガラス棚があって、数え切れないアルコールの瓶が収納されている。これ全部覚えられないだろ、と思いながらカウンターの上にも飾るように置いてあるリキュール瓶のラベルを見た。21%。


「そのうちフードもやってもらうけど、とりあえずビールの入れ方から覚えるか」


初日はとりあえずニコニコしとけば大丈夫だから、とおじさんは意気揚々と言った。


何度か入ってようやく一通りのカクテルの作り方を覚えたころ、母親は深夜に店にやってきた。店に踏み入れた脚がとても細くて驚いたけれど、一人で来たらしい母は俺に気づかないまま慣れたようにカウンターに腰を下ろした。

その流れを見ていた俺は一瞬だけ、心を絞りとられる思いがした。



「千穂子、新人入れたんだよ。あの、こっちんの代わりに」



こっちんは、俺がバイトに入る前に長いこと働いていたらしい社員のことだ。ずっと働くと思っていたが突然、ここを辞めて九州に行ってしまったらしい。