きみを守る歌【完結】

「お兄ちゃんが留年って恥ずかしくないの?恥でしょ、芹沢家の恥。むしろこの地域一帯の恥」

「そこまで言わなくても……」



塔矢くんはあまり抑揚のない声でそう言った。その声がどこか疲れを含んでいて、もう散々言ったあとなのかな、とも思える。

塔矢くんがちらりと背後を見てから、考えるように困った顔をする。どうにかして会えないかな、と思っていると、塔矢くんが靴を履き始めた。



「あー僕これから塾なんですよ、だからもう、ちょっと」

「お願い、陽一に会わせて、お願い。私、陽一のこと何も知らないの。なんで急に来なくなったのか、どうして私の話を聞いてくれないのか、なんにも」



せめて少しだけでも話してくれたら、陽一のことを知れたら。何か変えられると思うのだ。どうしてそんなにも陽一のことが知りたいのかって聞かれたら、すぐにでも答えてやる。

そんなことを思っていると思わず泣きそうになってくる。私はどうして陽一のことになると、こんなにすぐに泣きたくなるんだろう。


塔矢くんが呆れたようにため息をついた。


「昔はよく、来てたよね」

「えっ?そうだね、小学生の頃までだけど……」

「その時は飛鳥ちゃん、うち、平気で上がってたじゃん。だから、行けば?」


え、と顔を上げると塔矢くんはクールにも私と目を合わさず、そのまま玄関から出て行った。

すたすたと歩いて行って、一度だけ私のほうへ振り返る。そしてどうでもいいけど、と言い始めた。



「この頃の陽くん、めんどくさくて分かりづらくて複雑だね。高校生ってみんなそうなの?単純で簡単なことを、細胞単位まで立ち返って細かく複雑に塗り替えないと気が済まないの?」



そして私の返事を待たずに歩いて行ってしまった。


塔矢くんが出て行ってしまって、いよいよこの家には陽一ひとりしかいないことになる。私は玄関先で少し考えてから、ええいと思って靴を脱いだ。

陽一の部屋は覚えている。階段を上って右手側の部屋を開けると、ベッドの上に座って壁にもたれて、窓の外を見ている陽一がいた。


久しぶりに見た、と思って言葉を選んでいると、陽一が私に気づいて少しだけ目を丸くする。



「……年頃の男の子の部屋をノックもなしに開けるなんて、芹沢家で前代未聞だよ」